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とてもマッチョなキャラを指す。 例としてオルガやディゾールなどが当てはまる。
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守りたいものというものがある人は幸せで、それを守り続けられたのなら、それはきっとこの上ない幸運だと、沙良は考えている。 「か……はっ、はっ、はっ」 震える手で壁を支えに立ちながら、荒い息とかすむ意識の向こうでふと昔を思い出す。 守りたい命があって、守れなかった自分がいたこと。絶望は泥沼のように深く、這い上がることは苦痛を伴った。それでも自分はこうしてここにいる。今度こそ守ると誓ってここにいる。 「やったら……諦めるわけには、いかんよなぁ、ましゅまろ?」 もう何年も共に過ごしてきた相棒を見つめる。しかしその姿はいつものように柔らかそうな印象はなく、くたりとくたびれていた。 ましゅまろはただのぬいぐるみだ。他のぬいぐるみと違う点は、沙良の感情に呼応した動作をするようにパターンをひたすらに学習させたという点だった。 ましゅまろの中には水が詰まっている。正確には、水の通るチューブが筋繊維のように張り巡らされている。その中を流れる水の動きによって、ましゅまろは多彩な動きをするのだ。 その水の流れを、沙良は常に操ってきた。いまや意識せずともましゅまろは操れる……というより、半ば彼女の意志を離れて動き出す。もしかしたら何かの意志が生まれているのかもしれない。それを確かめる術はないが。 そんなましゅまろも、結局は彼女の力が尽きれば動かなくなる。もはや沙良に残された力は、微かなものだった。 「ったく、しぶといわね、あんたも。そんなナリの癖して」 「こんなナリで、悪かったなぁ。うちだって好き好んでこんなんちゃうんや。成長なんて、人それぞれや……と」 ふらつくが、壁から手を離す。両足で立っていないと、いざという時に動きだしが遅れてしまう。 成長、か。小さくつぶやく。 本当は、沙良の体格は人の成長の差だとか言うものではない。実際、昔はまだ年相応の体つきをしていた。 「行くで?」 「何度でも、かかってきな」 ざぁっ! 沙良が動き、その後を追うように水が割れる。人の目には追えない速度。だが―― 「くはっ!?」 ガザベラの体を囲むように、細い針が無数に発生した。人の目に追えない速さも、人ではないバケモノならば追える。 闇の針は次々と沙良の体に突き刺さる。そして針はケモノのように、獰猛に沙良の肉体を食み、血を啜る。 「う、ああぁぁぁっ!!」 その口から悲鳴と共に血が零れた。ついに膝から力が抜け、沙良は崩れ落ちた。 ――あかんわ……もう、力が入らん。 意識は朦朧とし、もはや『流理』を扱う力も残ってはいなかった。 「まあ実際、たいしたものだったけどねぇ。でもここまで、アタシを倒すには、あんたじゃ役不足って事さ。にしてもその疲労の仕方はちょっとおかしいねぇ、ま、大方例の高速移動が体に負担をかけてたって事かしら?」 沙良は答えない。答える体力も、もはや残ってはいない。 ガザベラの言葉は正しかった。沙良の高速移動の正体――というより、肉体強化の正体。 沙良は、全身を流れる血流や電気信号の流れでさえも操っていたのだ。脳に流す情報の取捨選択、心拍数の強制加速、限界を超えた筋肉の出力の指示。それらを彼女は、随意的に行っていた。 無論そんなことをすれば体には相当の負担がかかる。それに魔法というものが体にどんな作用を及ぼすかも分からなかった。事実彼女の成長が逆行し始めたのも、この方法を使い出してからだった。 いつかその身を滅ぼす事は知っていた。それでも戦うために使い続けた。全ては、 「守りたいもんが、あったんやけどなぁ……」 「アタシにはそういうのは、わかんないね」 ガザベラは沙良を右腕で持ち上げる。ナイフを取り出し、その喉元に突きつけた。 「あんたはよくやった方さ。もう死にな」 沙良はナイフが振りかぶられたのを見て、静かに目を閉じた。 ――結局、うちにはなんもできんかった。せっかく泥沼の底から這い上がったと思ったのに、また同じ結果や。ごめんな、みんな。 心の中で、誰かに向けて謝罪し…… 「うわ、ちょっと、なんだいこいつ!?」 突然振り回された。薄く目を開くと、そこには…… 「ああもう、邪魔するんじゃないよっ!!」 「ましゅ、まろ……?」 ガザベラにまとわりつくましゅまろの姿があった。 ――なんでや。うち、あんたを動かす力もないんよ、もうなんもでけんよ? なのに、何であんた、うごいとるん? ましゅまろはしつこくガザベラにまとわりつく。どれだけ手ではねのけようとも、一向に引き下がる様子はない。 「ええい――しつこいんだよ!!」 苛立ったガザベラは沙良を手放し、己の手の平にナイフを突き立てる。そこから血が溢れ、鞭のようにしなり、ましゅまろに襲い掛かった。 「ましゅ――!!」 ずたずたに引き裂かれ、ごみのように放り棄てられる。 「ああ……」 もう何年も、共に歩んできた相棒だ。 元は贈り物だった。彼女が守れなかった子供達が生前、彼女にプレゼントしてくれた、手作りのぬいぐるみだった。それにちょっとした仕掛けを施して動かして見せた時の子供達の驚きと喜びの顔は、今でも忘れていない。 「あああ……」 共に絶望を這い上がってきた。くじけそうな時、逃げ出しそうな時、それを抱けばそれだけで勇気がわいてきた。かけがえのない、相棒だった。 ぱしゃん、と。落ちた。 「あああああああああああああ!!!!」 絶叫した。もはや自分の限界だとか力の限度だとかくだらないことは関係なかった。残った全ての力を右足に集める。血管が切れ神経は焼け筋繊維は弾け飛ぶ。知ったことかそんなこと、この怒りの前には関係ない! この女は、許されないことをした。それを黙って見過ごすことなどできるはずがない!! これまでのどの一撃よりも早く、重い一撃。 「くあぁっ!?」 ガザベラの肋骨が砕け、同時に沙良の足の骨にも罅が入った。 「いい加減に――しろぉ!!」 「がっ!!」 ガザベラの血の鞭が刃となり、沙良の四肢を貫いた。首を掴まれ、壁に押し付けられる。 「ちょっと油断したけどね、あんたはもう終わりさ……」 ガザベラは注意深く当たりを見回す。近くにましゅまろも、他のぬいぐるみもない。目の前の沙良はもはや水を操る力もないのは明白。首を締め上げる彼女の腕に抗する力はあまりに弱々しい。今度こそ、彼女の勝利はゆるぎないものとなった。 沙良はぎらついた瞳でガザベラを睨みつける。ガザベラはそれを鼻で笑うと、右手から生えた血のナイフを振り上げる。 息を荒げながら、首を締め付けられ、それでも懸命に酸素を取り込みながら、その弱々しい左手で右手を受け止めるつもりなのか、真っ赤に濡れた左手をガザベラに向けた。 それを滑稽だと嗤いながら、彼女は右手を振り下ろした。 シュッ! 空を裂く音が走り、沙良の背後の壁に血が散った。荒々しかった呼吸音はなくなり、廊下が静寂に包まれる。 ずる、と。ガザベラの手から力が抜け、沙良の体が水の中へとうつぶせに落ちた。ゆっくりと、血が水に流され広がっていく。 ちろちろと、どこからか水の流れる音だけが、響いていた。 どれくらいの間そうしていただろうか。 やがて、ずる……と、沙良がその身を起こした。 「う、う……ああぁぁぁっ!」 今度は仰向けに倒れる。 「間にあったん、か?」 沙良は大きく深呼吸した後、体を起こしてガザベラを見る。ガザベラは――ナイフを振りぬいた姿勢で事切れていた。額には小さな穴が開いている。見れば、自分を切り裂くはずだったナイフの刃が綺麗に消滅している。 今度はため息が漏れた。左手を持ち上げ、ガザベラに付けられた傷跡を見る。まさかこれが逆転の一手になるとは思わなかった。 ウォータジェットというものがある。ダイヤモンドさえも切断可能なこの技術を、沙良は己の肉体と血液で再現した。血流と筋肉の圧縮を利用して、爆発的な速度で血液を発射するのだが……その負担は、相当なものとなった。 「あかんわ、もうねむってしまいたい」 正直、まぶたが重い。むしろ今ここで眠ったらもう一度目を覚ましそうにないというのが彼女の本音だった。 それでももう、疲れたのだ。よくやったと思う。世界を滅ぼそうとするような連中相手に、よくもまあ限界を超えてやったもんだと。だからもう休んでも、いいんじゃないか。そう思う。 のだが。それを邪魔する存在があった。 「……うん? って、なんやましゅまろ。あんたほんとに、なんなんや?」 ましゅまろが、沙良に擦り寄ってきていた。もはや彼女にはましゅまろが動くだけの力を維持する余裕がない。だというのに、なぜましゅまろは動いているのか……正直、さっぱりだった。 「こういうんも、奇跡っていうんやろうか? ああもう、そんなに押したら……はいはい、起きろっていうんやろ?」 しつこくましゅまろに促され、沙良は立ち上がる。血も体力も足りていない。気力は今にも尽き果てそうだ。 それでも。 「守るもんがあるうちは、幸せや。幸せなら、どうせなら生きてみらんと、な……とと」 歩き出したその先に、奇妙な穴が開いていた。それは床だけを綺麗に切り取っており、地面は少しも削れていない。 上を見上げれば、どうやらそれは、屋上まで続いているらしい。どうやら、ナイフの刃を消したのはこれらしかった。もっとも沙良は、この穴が大翔の魔法によるものであることなど知る由もない。 ただ、その穴の向こう――屋上では、どうやら戦いが続いているらしいことだけは見て取れた。 「……生徒ががんばっとるんやし、な」 相棒と共に、歩き出す。 これまでと、同じように。 突然の事態に対しての美羽の判断は早かった。糸を水につなぎ、その熱エネルギーを瞬時に奪い去ったのだ。 水は瞬く間に凍りつき、ガーガーを氷壁の中に封じ込めた。 貴俊はすぐさま槍を構えると、次々に氷柱の標的に向かって槍を放つ、放つ、放つ!! 一度に三発の槍がガーガーを貫いた。 「ギィ、ア、ガアアアアア!!!!」 「うわ先輩なんか余計元気になってませんか、あれ!?」 「っ、美羽ちゃん下がれ!!」 大気をびりびりと震わせるガーガーの咆哮に美羽は気圧され、一瞬その思考が鈍った。その隙を狙ったかのように、ガーガーは氷を粉砕し、美羽に一瞬で迫った。 豪腕が、空を切る。悲鳴を上げる暇もない。 ドン!! だが駆けつけた貴俊がやりで豪腕を受け止める――が、それさえもものともせず、二人はまとめて吹き飛ばされた。 たったの一撃で全身の骨が軋む。それでも、貴俊は黒爪を床につきたて迎え撃とうと立ち上がり、 ゴッ!! 「かっ」 ガーガーの拳が、今度は腹にめり込む。いやな音が響き、先の倍以上の速度で床に叩きつけられた。床板は砕け、貴俊の体が沈む。 「せんぱ……きゃああっ!!」 さらに美羽に襲い掛かるガーガー。美羽は水の壁をうむが、太い腕はあっさりと壁を貫通し、美羽を掴む。ギリギリと肺と骨が締め上げられ、美羽は痛みに目を見開いた。 その悲鳴に、意識が飛びかけていた貴俊の瞳が焦点を結ぶ。全身を苛む痛みを歯を食いしばって押さえ込み、ふらふらと立ち上がる。 「ったく……ケダモノめ。それ以上その娘に傷をつけてみろよ、本気で消し飛ばすぞオラァ!!」 獣の表情を浮かべて槍を構えて突進する。一歩一歩床を踏み砕かんばかりの勢いで突き進む。ガーガーは貴俊に気付き、美羽を叩きつけるように床に放る。美羽は力なく叩きつけられるままだった。 ぶちり、と、貴俊の脳内で何かのリミッターが消し飛んだ。 「グルァッ!!」 ガーガーの腕が叩きつけられる。貴俊は黒爪を力の限り、その拳に向けて突き立てた。衝突の衝撃に、貴俊の肩が弾け飛びそうになる。だが、全身の骨を軋ませ、意識を揺さぶられ、それでも貴俊はその場に踏みとどまる。 「あのなぁ……俺はてめぇごときに負けてらんねぇんだよ……」 ちらりと、過去の光景が脳裏をよぎった。ああ、あの頃は楽だったなぁなどと思い出す。楽であり……世界の全てが苦痛であった。自分の存在が苦痛であった。そこに現れた――自分の対極。 それからは楽ではなかった。まさに苦難困難の連続だ。ただ、苦痛ではなかった。それらを乗り越える充実があった。 「そぉだよ、俺ぁこういう苦難困難ごときにゃ負けらんねぇんだよ。そうじゃなきゃ、俺をこんなところに引きずりだしてくれやがった野郎に申し訳がたたねぇんだよ愛が途切れちまうんだよ!!」 ドンッ! 重苦しい音が響く。貴俊の蹴りが、なんとガーガーをよろめかせたのだ。ガーガーはその瞳に戸惑いを浮かべながら、大きく跳び退る。 それをみて獰猛に牙を剥いた貴俊は、 「俺を倒していいのは一人だけだ、俺が負けるのは一人だけだ、俺が、負けらんねぇ戦いをするのは一人だけだ。だから――」 体を弓なりにしならせ、 「てめぇは予定調和のごとく俺に倒されてろ!!」 黒が走る。黒爪を射出するのではなく、投げた。まるで陸上競技のそれのように。 空を裂きガーガーへ向かうそれは、速くはあるが射出時の速度とは比べるまでも無く遅い。ガーガーは首をかしげ、目の前跳んできたそれを払おうと手を伸ばした。 瞬間。 ――バチィンッ!! 「ギャアアッ!?」 黒爪が、弾ける。眼前で射出された黒爪に反応できず、ガーガーの顔面に短い槍が突き立った。黒爪の後から駆けていた貴俊は、はじけて床をバウンドした、更に短くなった黒爪を掴み、ぶん回す。 重い手ごたえと共に、ガーガーが吹き飛んだ。貴俊は軽く舌打ちする。手元に残った黒爪は、あと二度しか射出できない。 「う、く……先、輩…………」 「おっと、あんまり無理しないほうがいいぜ。後は俺が――」 「意地でどうにかできることばかりじゃ、無いですよ」 貴俊は言葉を飲み込む。確かに、意地ではどうしようもない。先の射出にしてもそうだ。 射出は本来、一番下の槍についているボタンのオンオフで電流の切り替えて行う。それを自分で投擲し、中の回路の適当な部分を分離させて電流をカットするという荒業を、ほとんど意地になって行ったのだ。確かに相手の不意はつける。だが威力は半減するし狙いも付けにくいというかむしろあたったのが奇跡だったり、デメリットのほうが大きい。 「――どうやら、目に当たったようですね。相当苦しんでます」 「ん、あ、ああ。そうだな」 ガーガーは暴れていた。目に突き刺さった槍に苦しんでいる。さすがにあの痛みは無視できなかったということか。 それを見て思案顔をしていた美羽は、言った。 「先輩、突っ込んでください」 「……ぁ?」 「だから、突っ込んでください。全力で、あいつに」 美羽は暴れまわるガーガーを指差す。痛みに苦しむガーガーの暴れっぷりに、床や壁は紙細工のように破壊されていく。 美羽は言うのだ。あの破壊の渦の中にどうぞ飛び込んでこい、と。 「いや、あの……突っ込んで、どうしろと」 「いいから行って下さい。先輩なら分かりますから。――たぶん」 「……ああもう、分かった、分かったよ畜生! やっぱり君は大翔の妹だな!!」 最後に視線をそらしてなにやら不穏な事をつぶやいたような気がするが、とりあえずそれを振り切って走り出す。 美羽は大きく息を吸い―― 「ったく、アタシはこういうの嫌いなんだけどな……兄貴の悪いところがうつったかな」 全力で、生み出せるだけの大量の炎を生み出した。真っ赤な炎は天井に届かんばかりに燃え盛り、それが波のように、ガーガーへと向けてなだれ込む! 貴俊は背後から迫ってくる熱量に振り返り、 「は?」 という表情を浮かべて、飲み込まれた。 炎に気付いたガーガーは大きく口を開いて天を仰ぐ。 「グルゥァァァァァッ!!!!」 その口に、炎が飲み込まれていく。まるでガーガーを包み込むかの様に炎が殺到するが、逆にその全てがその口へと飲み込まれ…… 「ガァッ!?」 その喉に黒い棒が突き立った。飲み込まれかけていた炎が自由を取り戻し、舞い散る。炎が雪のように荒れ狂う世界の中心で、炎の中から現れた貴俊はところどころに火傷を負いながら、ガーガーの肩に足をかけ、その口に黒爪をつきたてていた。 「ったく、あの兄にしてこの妹ありたぁよく言ったもんだ。思わず愛を振りまきたくなるが……その前に、手前ェは極刑だ!!」 ズダン! 黒爪が射出され、びくりとガーガーが体を震わせた。もう一度。ズダン! 喉から入った二撃目は体を突き破り、背中から突き抜けた。どぉん、と重い音を立てて倒れるガーガー。一足先に飛びのいた貴俊は、苦笑しながら美羽を振り向いた。 「まさかいきなりあんな目に合わされるとは思わなかったよ……大翔といい君といい、なんつーか君んちの家系はとんでもないやり方が好きなのか?」 「さあ、そんなことは無いと思います……け、ど……」 ぽかん、と。だらしなく口を開いた美羽は、 「んー? どうした、美羽ちゃ、がっ!?」 ぐしゃり、と嫌な音を立てて、貴俊が横殴りに吹き飛び血を撒き散らしながら床に叩きつけられるのを、ただ見ていることしかできなかった。 ずりゅ、と血を滴らせ衝撃波でぐちゃぐちゃになった顔に虚ろな眼球でこちらを見ながら、ガーガーが歩み寄ってくる。 「な……なんで、生きて…………!?」 まるでホラー映画のような、それでも現実の光景に美羽は怯えた。まさか喉から背中までを貫かれて生きているような生き物がいるなどと誰が想像できようか。しかも二度もその衝撃を食らっているのだ。内臓にどれほどのダメージがあるのか。 それでも、その獣は立っている。そのぎらついた瞳が美羽の血に飢えていることは明白だった。 「い、い……いやぁぁぁ!!!!」 悲鳴を上げた瞬間、ガーガーが飛び掛ってきた。牙をむき出しにしてくらいついてきたその顔を、両手で押しとどめる。それでも、じりじりと血の滴る牙がじりじりと迫ってくる。 「ふあ、うあぁぁ……」 今にも泣き出しそうになるのを堪えて、何かできないかと辺りを見回して……。 「……………………」 ぐっと、覚悟を決める。ガーガーを押しとどめている両手の力を、不意に抜いた。 「ルァッ!?」 落ちてくる巨大な顔をかわして、その顔面に突き立った黒爪を掴む。ありったけの魔力で電気を生み出す。 「ウルウウァァァッ!?」 バチバチと青い火花が散り、ガーガーが顔を振り暴れるが、美羽はその手を離さない。しがみ付く。意地でもこの手は、離さない!! 顔ごと床に叩きつけても引きずっても離れないことを悟ったか、ガーガーは拳を作り、美羽へと向け―― 「先輩!!」 美羽は叫び『弦衰』で雷を帯びた黒爪から一切の『磁力』を吸収した。 生まれたのは、音ではなく衝撃。大気は撓み、歪んだ。 光の尾を引いて射出された黒爪は、ガーガーの上半身を粉々に吹き飛ばし、天井の一部を吹き飛ばしてどこかへと一瞬で飛んで行った。反動で美羽は壁まで吹き飛ばされる。 美羽は半分の長さになった、いまだぱちぱちと電気を帯びる黒爪を力なく放り投げる。呆然とぼろぼろになった体育館を見回して―― 「先輩、ありがとうございました」 仰向けに、顔だけこちらを向けた貴俊に、感謝の言葉を述べた。 「いぃえぇ、こっちこそ、生きていてくれてサンクスー。これで、大翔に殺されないで済むわ」 冗談めかした言葉だったが、貴俊は口の端から血をたらし、全身冗談どころではすまない感じに痛めつけられていた。特に叩きつけられたときのダメージは深刻だった。おそらく、骨の一本や二本は折れている。 「ギリギリでしたねー……」 「ああ……にしても、悪かったなぁ。後味悪い役目任せちまって。本当は、俺がやるつもりだったんだけど……」 「いいですよ。少し、兄貴の気持ちが、分かりましたから……」 守るためとはいえ。命を奪うことが、どういうことなのか。 かぶりを振り、ふらつきながらも立ち上がる。まだ射出の反動が全身に残っていた。 最後の射出。ガーガーの頭に突き立っていた、二本繋がったままの黒爪に美羽が電気を流し磁力を発生させ、貴俊が『分離』をかけることで射出の条件を整えたのだ。まさかあれほどの威力が出るとは美羽も思っていなかったが。黒爪、どこまで行ったのかと心配に思う。まさか人に命中などしなければいいのだが。 そんなことを心配しながら、まずはもっと心配しなければならないことを思い出す。 「さ、先輩、行きましょう。兄貴がちゃんとできてるか、採点してやらないといけません」 「……俺としちゃあ、もうここで待っときたいくらいの感じなんだけどなぁ」 などといいつつ立ち上がる貴俊。二人は体を引きずりながら、それでも前をむいて歩き出した。 二人して投げ飛ばされた先は、理科室だった。 陽菜はとにかくありとあらゆるものに擬態してどうにかダメージを回避しているが、エーデルはそうはいかない。加えて、いくらこの数ヶ月で多少鍛えたとはいえ元々が貧弱だったのだからその打たれ弱さも推して量れるというものだ。 「ぐっ……やれやれ、この僕がこんな肉弾戦を行う羽目になるとはね。まったく、美しくない話だ……!」 机に手をついて立ち上がる。周囲を見回すが陽菜の姿は無い。机の影に倒れているのかもしれないと考え、ドアの外に視線を向ける。今敵から注意を離すわけには行かない。ただでさえ追い込まれているのだ。これ以上、隙を作って付け入られては、本当に勝ち目は無い。 その巨体は、臆する必要などありはしないといわんばかりに、堂々と扉を開けて入ってきた。 「せぇいっ!!」 蛇口が撥ね飛び水が噴き出す。その流れを操り、加速し、研ぎ澄まし雨のように矢のようにバードックに叩きつける。だが、いくら傷つけてもその傷は次々に修復されていく。異常なまでの回復速度。 ぎり、と奥歯をかみ締めるエーデルの横を、机の上を飛び移りながら走り抜けていく影。 「ヒナ嬢、何を!?」 「えーちん、水止めて!!」 エーデルは言われたとおりに、魔法を解除する。突如現れた陽菜に驚きの表情を見せるバードック。その顔面に、陽菜は黒いビンを放り投げた。ガラスの割れる音がして、中の透明な液体がバードックに降りかかる。 「ぎゃあぁぁぁぁっ!?!?」 顔面を押さえもがき苦しむバードック。割れたビンのラベルにはこうかかれていた。H2SO4。それを見たエーデルは顔を引きつらせた。彼も一応生徒として授業を受けていたおかげで、多少の知識は身についていた。それがどんな危険な代物かも。 そして、更に陽菜がもうひとつのビンを取り出して見せた時、彼はくらりとよろめいた。 それを――陽菜は、躊躇いなくバードックの体に叩きつけ、全力で避難した。陽菜の背後から眩い白い炎が立ち上る。あまりの輝きに目が焼けそうになり、エーデルは思わずその場に身を伏せた。陽菜もその隣に滑り込んでくる。 「ぐあぁぁぁぁ!!!!」 その叫びを聞きながら、エーデルは呆れた口調で陽菜に言った。 「まったく、過激な事をするな。硫酸に加えて金属ナトリウム粉末。どちらも危険な代物だ」 「これでも、化学の成績は悪くないんだよ?」 的外れな受け答えに苦笑するエーデル。その顔を引き締める。 「しかし、それでは決定打にはならないな」 「うん、まあね。あくまで時間稼ぎだから」 硫酸は洗い流さなければ取れないし、ひたすらに再生し続けるバードックの体にそれなりの効果はあるだろう。そして、あの眩い光は目くらましになる。しばらく、まともには動けないはずだ。その間に、何か策を練らなくてはならない。 「問題なのは、肉体の強化よりも再生だよね」 「ああ。どれだけダメージを与えたところで回復されたのでは意味がないからな」 「うーん……それにしても、あの再生を打ち止めにできればいいんだけど……エネルギーの元を断つとか? でも、魔法のエネルギーの元なんてわかんないわけだし……」 と、そこでふとエーデルは思いついた。エネルギーの元を断つことはできないが、エネルギーそのものを……魔力を枯渇させることができれば? 無論、それは簡単な話ではない。見たところ、バードックはエーデルたちの世界の平均の数倍の魔力を抱えている。一般人でも、魔力を枯渇させるなんてこと滅多に起こらないのにそれを行うとなれば並大抵ではない。 だが……もしかしたら。そう思ってポケットを探る。取り出したのは、一族に伝わる宝石。ただし空っぽ。しかしこの場合はそれでいい。 「この中に彼の魔力の全てを封印できれば――問題は、二つで足りるのかということだな」 分の悪い賭けだ。軽く目算するが、正直足りそうにない。その場合はバードックの残りの魔力が枯渇するまで戦う羽目になる。だが、やるしかない。覚悟を決める。 「……んー、ちょっとまってえーちん、それを使えば、あの人を倒せるの?」 「可能性は低いが、賭けてみるしかないだろうね」 「それじゃあ、陽菜にいいアイデアがあるんだけど」 陽菜のアイデア。それを聞いたエーデルは目をむいた。本当にそんなことが可能なのか、いや、可能だとしてもそんなことをしたら陽菜の身の安全が保障できない。 「えーちん、迷っちゃだめ。それじゃあ陽菜が困るよ。せっかく、ヒロ君の助けになりに来たのに」 「む……。しかし君は、それでいいのかい? 君はその、ヒロト君のことを……」 「いいんだよ、それで。ヒロ君ね、陽菜のことを心配してくれてるんだけど、それってやっぱり、友達としてなんだよね。ユリアちゃんのそれとは違う。それはちょっとっていうかすっごい悲しいけど、でもやっぱり、嬉しいんだよね」 そういって、陽菜は笑う。綺麗な笑顔だった。エーデルは何も言わずに、彼女に肯いた。 「くっ! さすがに、僕も我慢の限界です! もはや容赦はない!!」 バードックが怒りの声を上げる。その声に立ち上がった二人は、目の前の光景に愕然とした。バードックの上半身が更に盛り上がり、両手を床に突き刺している。ばき、と床全体が嫌な音を立てた。じり、と後ずさる。 「おぉぉ!!」 バリバリバリィ!! 教室の床が、その上のもの全てと一緒にめくれ返った。コンクリート片や木片や螺子やよくわからない金属など、あらゆるものをばら撒きながら砕けた床が二人に襲い掛かる。狭い教室の中に逃げ道はない。 陽菜はくちびるを噛み、エーデルの前に出る。 「待ちたまえ!!」 エーデルの言葉を無視して、その身を鉄塊に擬態させエーデルの身を守らんと瓦礫の嵐に立ち向かう。エーデルは苦し紛れに水を呼び寄せて何とか身を守ろうと足掻きながら、二人は瓦礫に飲み込まれた。 荒い息をつきながら、バードックはその光景を見ていた。瓦礫が落ちる寸前、隙間から見えたのは陽菜がエーデルをかばって前に出る姿だった。 いくら鉄塊に擬態したとはいえ、瓦礫の中には同じ素材でできた鋭い破片も混じっていたし、何よりこれだけの質量が落ちてくれば鉄塊とはいえ無事ではすまない。おそらく二人は無事ではないだろうと、そう判断した。 しかし。 「貴様……ただでは、済まさんぞ……!」 「……何?」 瓦礫の中から声が聞こえたと思った瞬間。青い輝きが全てを吹き飛ばした。 「これは!?」 水を纏ったエーデル。その腕に抱かれていたのは、腹に鉄の棒を生やして、ぐったりと力のない陽菜。その体を一度強く抱きしめ、床にそっと寝かせた。死んでいる。呼吸をしていない。明らかに、死んでいた。 「我が友を奪ったその罪――この名において、断罪する! 家名解放、我が名はエーデル! 我が背負うは、高貴なる青!!」 青い輝きが、世界を覆う。それは光であり、同時に水であった。バードックは困惑する。触れていないのに、まるで触れているような感触の光。正体不明の現象に、どういう対応をしたらいいのか分からないのだ。 エーデルはそれを睥睨し、静かに告げる。愚かなる罪人に、死の宣告を。 「貫け、青き死神」 光が渦を巻く。今まで光だったそれはバードックの周りで水へと変じ、刃と槌と矛と槍と斧と昆と死となりて、バードックに無限に襲い掛かる。一瞬で無数の武器に囲まれたバードックは、その身を削られ、しかしそれでも傷はすぐにふさがる。 だがしかしエーデルも負けてはいない。台風の如き死の嵐は更に勢いを増す。 「負け……ぬ、ぐ……負けられないのですよ、僕は!!」 重い水を振り切って、渦から抜け出す。受ける傷など気にかからない。どうせ再生されてしまうのだから。だから、大丈夫。 そう考え、渦の中から水を滴らせながら上半身だけをどうにか抜け出す。ここまで抜け出せば、後は腕力で下半身を引きずり出せば…… 「だめ、それ、無理だから」 「え?」 死んだはずの人間の声が聞こえた。それに気をとられたのがまずかった。思わず、バードックの腕から力が抜ける。 ザバッ! 渦の一部が人の形を成し、バードックにしがみ付く。渦には一本の鉄の棒が突き刺さっていた。エーデルとバードックは息を呑む。 水が、陽菜を形作った。バードックが信じられない、という表情をうかべる。二人が時を止めた瞬間、陽菜はその手を――宝石を握り締めたその手を、いまだ再生途中の傷へと突き入れた。 「ぐああああっ!!!!」 「えーちん! やって!!」 「あ、ああ、分かった!!」 エーデルが手をかざした瞬間、宝石が光り輝き、バードックの体から凄まじい勢いで魔力が抜け出していく。エーデルの宝石に吸収されているのだ。 「ぐ、うあぁぁぁっ!? く、ぼ、僕の魔力を吸収するつもり、ですか……!? いい、考えですね、でも、この勢いじゃ、残念ですが少々容量ぶそく……うっ!?」 突然、魔力を吸い出す速度が加速した。いまだ渦巻く死の渦はバードックに致命傷を無数に刻み込む。今まではすぐにふさがっていた傷の治癒速度が低下し、傷の数は加速度的に増加する。 「い、一体、なにが……!?」 理解できないバードックは、視線を己の背中に向けて驚愕した。陽菜の体が、薄く、赤く輝いている。 陽菜の魔法は『擬態』。その通り、その存在そのものへとなりきる魔法。つまり、陽菜は己の体を宝石へと擬態させていた。 「は、はは、は……まさ、か、こんなこと、が…………」 エーデルの魔法によって付けられた傷はどれもが致命傷。それをふさぐ力がなくなっている今、魔力を吸い尽くされればバードックの命は終わる。 ここまでか。くやしいとは思わなかった。ただ、諦めが体を支配する。 刹那、死の一撃が、その心臓を貫き。 ついにその傷を防ぐ力を紡ぎだせず、バードックの体が力を失った。 それを見届けたエーデルは、渦から死を紡ぎだすのをやめた。水は光なってゆっくりと宙へ溶け、バードックと上に載った陽菜を静かに床の上に下ろした。 血の気の引いた顔の陽菜は、ゆっくりと立ち上がる。ふらり、とその体がよろめき、エラーズは駆け寄って陽菜を支えた。 「お、っとっと。うぅ……気持ち悪い。あたた、えーちん、ちょっとこの棒、抜いてくれない?」 「あ、ああ。それは構わないが……失礼だがヒナ嬢、君は、確かに死んでいたと思うのだが……」 ずりゅ、と嫌な音を立てて陽菜の腹から鉄の棒が抜き出された。あとが残るかなぁ、残ったらやだなぁ、などと考える。 エーデルは傷口を手でふさぎ、ガーゼを当てる。実験室であることが幸いした。 「ああ、うん。あれね、ちょっと陽菜の死体に『擬態』してみたの。うまくいったけど、とりあえず二度とやりたくないや。あれは」 それを聞いたエーデルはぞっとした。その行いがどれほど危険なものかを理解したからだ。 死体への擬態。それは可能ではあるが非常に危険な行いだった。何しろ『擬態』の魔法はそのものになりきるのだ。つまり、少し間違えればそのまま本当に死んでしまいかねない。もっとも、陽菜はそんなことに気付いてはいなかった。ただ、危険だということを本能が察知したのだ。 「あうう……でも本当に気分が悪いよ、なに、これ?」 「君は我々の世界の魔力に適応していないからね。拒絶反応のようなものだろう。おそらく、明日まではまともに動けないはずだ。とりあえず、このままここで休んで――」 「ちょっとちょっと、本気でいってるの? やだなぁ面白くない冗談だなぁ」 などと冗談っぽい口調だったが、目が本気だった。置いていったら後で酷い目にあわせるぞ、という目つきだった。エーデルはため息ひとつ、陽菜に肩を貸して歩き出す。 倒れたバードックを見下ろして、陽菜は少し考えるようなしぐさをしたあと、 「ごめんね、やっぱり陽菜たちも、負けられないんだ」 そう、つぶやいた。 美優の問いかけに答えようとしたエラーズが、ふと、宙にその視線を漂わせるような仕草をした。 「どうした、何かを感じたようだが?」 「ああ、いえ。しかし、俄かには信じ難いが……やはり、そうか」 一人で納得した様子のエラーズに、怪訝な顔をするレン。 「どうやら、貴女たちの仲間の勝ちのようですね。こちらの仲間はどうやら、ファイバーを残して全員敗北したようです」 その言葉に美優の表情が明るくなる。だがレンはやはり腑に落ちない。仲間達がやられたというのに、この目の前の男の余裕は何だというのか。 「貴様……何を企んでいる?」 「今更新しく何かを企んだりはしませんよ。ただ、そう。試合に負けて勝負に勝った、というところですか」 「どういう、意味ですか?」 とたん、不安げな顔をする美優。 「我々の目的が達成されるためには、勝敗は関係ないのですよ。この戦いそのものが、今回の計画の最後に必要だったので」 「なんだと……どういうことだ!?」 だがエラーズは深く語るつもりはないらしい。 「本当は、姫君の協力があればもっと事は簡単に進んでいたのですが……まあ、上での戦いの様子からして説得は失敗、ですね。当然ですけど。まあそれでもよかった。これで条件は揃った。これだけ世界のエネルギーが渦を巻いていれば、後は時間の問題でしょう」 窓の外を眺めながら、しみじみと語るエラーズ。強大な感知の力を持つ彼には、異世界のエネルギーが荒れ狂う様子が見えているのかもしれない レンは答えをはぐらかすエラーズに苛立ちを覚えた。だが美優は何かを探るような目つきでじっとエラーズを見ている。 その視線に気付いたのか、エラーズが首を傾げた。 「何か……ああ、あなたの質問の答えですか? それなら」 「いえ、わかったからいいです。レンさん、早くお兄ちゃんのところに行きましょう」 エラーズの言葉を遮り、美優は言い切った。美優はどこか、呆れた様子だ。 「……ミユ殿?」 「あの人、本当に酷い人です。あの人にとっては、今日の戦いの結果なんてどうでもいいんです。この世界が滅びようが続こうが、今日あの人たちの手段が手に入ろうが入るまいが、本当に、どうでもいいんですよ……」 「どうでも……?」 その言葉にエラーズは。 盛大なため息をつくしかなかった。 本当に……そんなところまであっさりと見破られるなんて、思ってもみなかったのだ。 「ええ、まったくその通り。私が見たいものは、どのような結果にしろもう見られることは確定しているようなものなのです」 「見たいもの? 貴様、一体何を見ようというのだ?」 「……全てを失った人が、それでも、ただひとつの何かのために生きて、何を掴むのか。そしてその果てに、その人は何を想い、死ぬのか」 レンも美優も首を傾げる。美優もエラーズが結果に頓着しないということを理解していただけで、その根底にあるものまで見破ったわけではない。 二人は困惑を顔に浮かべ、互いに顔を見合わせる。 「そうですね……ぶっちゃけて言えば、馬鹿はどういう生き方をしてどういう死に方をして今際の際に何を言うのかが知りたいんですよ」 「ず、随分とぶっちゃけましたね」 美優が多少引いていた。美優も大概歯に衣着せぬところがあるが、エラーズも相当のものらしい。 「それで? それを知って貴様はどうするというのだ?」 「どうも。ただ知りたいだけなのですよ、それを。ただの自己満足です」 「それが……そんなことが、この世界を滅ぼしてまで知りたいことか貴様!!」 「何に命を賭けるかなど人それぞれ。私はそれにこそ、命を賭ける意味を見出した、それだけのことです」 だっ!! 腰の高さに剣を抱えて駆け出そうとする、が、そのレンを美優の腕が止めた。美優はしっかりとエラーズを見据えている。 「ミユ殿!?」 「……待って下さい、少しだけ」 美優はじっとエラーズから目を離さない。その足元を、腰を、指先を囲むように、小さな刃のように研ぎ澄まされた鏡たちが舞っている。それはかすかな光を反射して、光の粒のように輝いていた。 深く息を吸って呼吸を整え、エラーズにたずねた。 「それじゃあ、もう私たちが戦う理由は、ないんじゃないですか?」 「それはそうですが、だからといってハイどうぞ、と言って通すわけにはいきません。これでも、エラーズには恩義がありますから」 「……どうしても、通してくれない、んですか?」 エラーズは無言で構えた。それ以上は言葉は不要とでも言うように。美優は小さくかぶりを振ると、小声でレンにたずねた。 「レンさん……あの、剣から光る斬撃を放つ魔法。あれ、その剣以外にもかけられますか?」 「ああ、それは可能だが……それがどうした?」 それに答えず、美優は行動を開始した。両手の指先に光を生み出し、閃光を放つ。じゃっ、と鋭い音を立て空が焼ける。が、文字通り光の速度のそれをエラーズは難なく避ける。さらにその背後から襲い掛かる氷の槍さえも視線を送ることさえせずに前に転がって避けた。 同時、美優を取り囲む無数の鏡片が空を切り破片どうし集まり、剣の形を成す。 金属がこすれあう音が廊下を埋め尽くし、鏡の剣が廊下の床に、壁に、天井に、無数に突き立った。 「むっ!?」 廊下は一瞬で剣で――鏡で埋め尽くされた。背後の出口にまで、鏡が壁のように張り付いていた。まるでミラーハウスのような光景に、レンはめまいを覚える。 もはやこの中のどこにも、誰にも逃げ場はない。その全てがレンの武器となり、美優の武器となる。レンはその鏡の剣を一振り手に取ると、 「なるほどな、借りるぞミユ殿。さあゆくぞエラーズ――『二剣六刃』!」 二本の剣が輝き、叩きつけられた剣からそれぞれ三本の光の刃が迸る!! 鏡の剣は折れたが、それでもまだ大量に武器はそこにある。 「数で押し切るつもりですか!?」 「ええ、そんなところです」 美優に肯き返したレンは、新しい鏡の剣を抜き、エラーズへと駆け出した。エラーズも床を蹴り駆け出す。二人の距離は瞬く間に縮まり、 がしゃあああんっ!!!! エラーズの足が床を踏み抜いた。否、床のように見えていたのは鏡であった。床にあいた穴を鏡で覆って隠していたのだと気付いた時には、エラーズの体は中ばまで落ちていた。 突然の事態に、レンでさえも目を剥く。が、その隙を逃さずに両手の剣で床を切り裂いた。 「『二剣四刃』!!」 迸る光刃は廊下を一直線に突き進み、突き立つ鏡剣を砕きながらエラーズへと突き進む。エラーズ腕一本で割れた床の端を掴むと、ブランコのように大きく体を揺らして跳躍して光刃をかわす。レンは両手の剣で着地したエラーズの眉間に切りかかる。 金属同士がぶつかり合う音に鏡の破砕音が混ざった。更に美優は、割れた鏡たちを操りその鋭い切っ先をエラーズに向ける。 「チッ!!」 蹴りを放ちレンを引き離し、風を起こす勢いで回転し鏡たちを次々に蹴り落としていく。レンは更に新たな鏡剣を振るい、八本の光刃を放つ。刃は嵐のように床、壁、天井と駆け回り、その牙をエラーズに向ける。 エラーズは最小限の動きでそれをかわし、転がっていた瓦礫を凄まじい速度でレンに投げつけた。 美優の魔法が闇を裂き、瓦礫を粉々に砕く。 「さすがに、やる……しかし、この程度では私は倒せませんよ!?」 そう、確かに鏡の先端は鋭くエラーズの体に襲い掛かるが、それでも小さな傷にしかならない。とてもではないが、ダメージと呼べるようなものではない。 さらには、あれだけあった大量の鏡剣も、すでにそのほとんどが攻撃の巻き添えとなって砕けていた。きらきらと空気中をダイヤモンドダストのように鏡の破片が舞う。 だが、それでいい。これで攻撃の『準備』は整った―― 「レンさん、これを、あなたの剣にしてください」 美優の言葉に呼応し、廊下を風が駆け巡り、砕かれて廊下にばら撒かれたまま維持されていた鏡の欠片が集められる。レンは剣を掲げ、その集められたかけら達に全力の魔力を注ぐ。 「ゆくぞエラーズ、私の全身全霊を懸けた一撃だ、受けてみろ!!」 「これは、まさか!?」 鏡の一つ一つが眩く輝く。レンの魔力が――切断した対象に斬撃を走らせる『斬像』が込められる。あまりにも大量の『剣』の群体。 エラーズはごくりと唾をのむ。確かに彼は魔法を感知することができる。『戦技』の防御能力とその力は、対魔法使い戦では絶大な力を発揮する。だがしかし、それもあくまで回避あるいは防御が可能である場合。もし彼の防御を突破するほどの威力を目の前の魔法が秘めていれば。 レンの剣が、振り下ろされた。 猛然と殺到する鏡の群に、エラーズは全身に力をみなぎらせ、体を硬化させる。果たしてこれで、どれほどレンの『斬像』に耐え切れるかは彼にもわからなかった。 次々に床に壁に鏡が突き立ち、それが一斉に光を放った。輝く刃が一斉に生まれ――一瞬で、消滅した。 「…………え? がはっ!?」 レンの一撃。背後からの、必殺の一撃。光を帯びた刃は、エラーズの右胸を貫いていた。 胸から零れ落ちる赤い雫に手をやる。そこから生える冷たい刃に視線を滑らせ、最後にレンを見る。深く鋭い、肉体の痛み。それを感じた瞬間、エラーズの口から苦痛がもれ、仮面の下から血が流れ出た。 「かふっ! これは、一体……?」 「私の『斬像』は確かに、斬ったものの表面に斬撃を走らせることができる。しかし斬撃の量と、威力・距離が反比例するのだ、残念な事に」 エラーズは美優に視線をやった。 「……数で押し切る、そう、言いました」 「確かに、その通りでしたね……はは、まったく、魔法使いには、勝つ自信は、あったのですが。相手が、戦士と策士では、この結果も致し方ない、ですね」 つまり、あれだけの大量の鏡に斬像を込めたところで、刃を発生させることは本来は不可能だったわけだ。しかし美優の膨大な魔力と一緒くたになったせいで、エラーズの鋭敏な感覚は麻痺を起こしてしまったのだ。 まるで、それが巨人の鉄槌のような強大な一撃であるかのように。 「つまり……あなたの狙いの攻撃は……この、一撃、というわけですか」 「ああ、私の全身全霊のフェイントだ。私の全てを費やさせてもらった」 事実、レンの息は荒い。およそ込められる全力がこもった業だったのだろう。エラーズは苦笑すると、 「くあっ!?」 「レンさん!?」 レンを蹴飛ばし、その剣を引き抜いた。よろめき、壁に背を預け、ずるずると座り込む。壁についた不気味な黒い跡が出血の激しさを物語っていた。仮面の奥から力のない苦笑が漏れる。だがそこには悲嘆の色はない。 そんなエラーズを油断なく見据えながら、レンは脇腹を押さえて立ち上がる。最後の最後で手痛い反撃を受けた。 「ふん……まったく、随分と、丈夫な事だな」 「まあ、そうでないと、生きていけない生き方でしたからね。私の負けです、行くといいでしょう。この世界でどういう結末を迎えるのか、あなた達のやりたいように、やってみるといい」 レンは立ち上がり、剣を回収して鞘に収める。 「当然だ」 言い捨てると、エラーズを振り向くことなく、歩き出す。美優の傍まで来ると、ひとつ礼をした。 「助かった、ミユ殿。あの作戦は見事だった」 「あ、はい。こちらこそレンさんがいたから……それで、レンさん、あの人……」 美優はエラーズが気にかかるようで、仕切りにそちらを気にしていたが、レンはぽんと頭を叩く。 「あのまま放っておけば死ぬだろうし、彼に死ぬつもりがなければ自力でどうにかするだろう。我々にできることは何もない」 「あの人は……それで、いいんでしょうか?」 「わからんさ。わからんが……それでも、我々に何かされるよりは、ずっといいだろう」 美優はもう一度エラーズを振り返った。廊下は暗く、ここからでは生きているのか死んでいるのかもよくわからない。 彼は、この世界に決定的な滅びをもちこんだ存在で、彼女にとっては紛う事なき敵だった。それは理解していてそうとしか彼女自身思えない。ただそれでも、美優は。 「生きていてほしいです。そうすればきっと、ここかここじゃないどこかで、自分の幸せのために何かを知ることができるから」 せめて悲しいことは少ないほうがいいな、と思った。 ごつり、耳の奥で重苦しい音が響いた瞬間視界がぐるりと回転し、更にみ胸の中央に衝撃。息がつまり、一瞬気が遠のく。 足が止まったところで両腕を拘束され、地面に仰向けに叩きつけられた。その上みぞおちを容赦なく踏みつける太い足。 「かっ……!?」 つんと鼻の奥に鉄の臭いが漂った。意識を保っていられるのが奇跡にさえ思える。いや、あるいは悪夢か。 ファイバーはゆっくりと圧力をかけてくる。そうして俺を痛めつけて、心を折るつもりなのだろう。俺は精一杯の虚勢でファイバーを睨みつけた。 そうすることしかできない俺を見下し、ファイバーは横へと視線を投げた。そこには確か、ユリアが倒れているはずだ。 一国の最終兵器と全てを貫く力をもってしても、この男に致命傷を与えることはできなかった。 「……こんなものか、つまらんな」 何がつまらないだこのやろう、こっちは最初から少しも面白くないんだよ。顔に唾を吐いて悪態をつきたい気分だったが、今の俺ではどうすることもできない。 「まあいい、お前達の役目も終わりだ。もはや俺達の計画は為される」 「……やっぱり、ユリアは計画には必要じゃなかったんだな?」 「そうだ。まあ戦いを起こす餌にはなったのだからどちらにせよ必要であったわけだが」 「一体何を言って……ぐ、あああぁぁっ!!!!」 腹にかかる圧力が更に増す。骨がぎしぎしと軋みを上げ、内臓が逃げ場のない体内から飛び出すほどに押し込められる。痛みに体が勝手に跳ね上がるが、四肢を押さえつける岩人形どもはピクリとも動かない。 「……気が狂ったか? この絶望の中何を笑う、小僧?」 その言葉で始めて気付く。そうか、俺は、笑ってるのか。 確かに意識を遣れば口は弓を描いているような気もする。瞳は三日月のように歪んでいる気がする。世界は白と黒を行き来して真っ赤な血の臭いに満ちている。ああなるほど、狂っているといえば狂っているんだろう。 お前にだけは言われたくないけどな。 「何が、気が狂った、だ……」 くらくらする。視界は白だか赤だか黒だかが混濁したように、あるいは切り替わっているのか、とにかくぐちゃぐちゃだ。死ぬのか? ああ俺死ぬのかもなぁ? ――嫌だなあそれは。だってほら、親父が。俺が。……ユリアが。 「俺も、お前も……違いなんかない。自分の、目的のため、に、他の全部を……それも、大切な、ものを……へいきでぎせいにして……っ!!」 やっている事の最低具合で言えば俺もファイバーもどっこいどっこいだ。ファイバーは姉のためにその他全てを犠牲にするといい、俺はユリアを助けるためにみんなを戦いに引きずり込んだ。いや、俺はそれでもみんなを守りたいだのなんだの言っている分更にたちが悪い。 大切なものを失うために、他全てを無意味と見なす観念。 大切なものを守るために、大切なものを危険に晒す矛盾。 そんなものを抱いて生きているような人間に今更狂ってるだのなんだの、お前はあれか、常識人か? ふざけろフルアーマーメルヘンオヤジめ。常識人ってのはあれだ、ほら、えーっと……。 「くそっ、今更だが俺の周りには一人も常識人がいねえ!!」 「どうやら本格的に終わったらしいな」 めりめりめりぃっ!! 圧力が一気に倍増した。骨が軋む音の中に明らかに折れたかひびが入ったかの音が混ざって聞こえ出す。喉の奥にいやな感触を感じたかと思えば咳が漏れ、口から溢れた血が泡を立てて口から零れていった。 まったくもって、本当に。俺たちはなんなんだろうか。 こいつは俺の親父を殺して、俺はこいつの悲願を止めようとしている。 なら俺が戦う理由はなんだろうか。ユリアは取り戻した、さっさと逃げてしまえばいい。まあその場合この世界が終わってしまうが……俺たちはただの学生なんだから、そんなことに首を突っ込むこと事態、間違っている。 ただいえることは――この戦いは必然だったという事。俺がどの世界にいて、ファイバーがどの世界でこんなことをしでかそうとしていても、俺はこいつを止めに来たに違いない。 理由は、簡単だ。 親父が笑っていたから。親父が最後に言い残してくれたから。 生きてほしい、と。 「生きて――やるさ」 そうだ、それだけだ。 俺がここにいる理由、俺が戦う理由、俺が、ユリアを、みんなを守る理由。 生きているからだ、生きていたいからだ。 俺はみんなと馬鹿みたいな普通の毎日を送っていたい。そのためにはこの世界にはなんとしても残っていてもらわないといけない。そのためには、みんなに生きていてもらわないといけない。 そのためには、みんなが、みんなの思うように生きていないといけない。 だから俺は、命を懸けてここまで来た。みんなもそうだ。 常識なんてクソ食らえ。そんなものは普通に生きるために必要な程度摂取できていればいいのだ。 適度な塩梅で狂っているからこそ、俺たちはこんなにも楽しく生きている。 そんな今を、貴様なんぞにくれてやるものかよ。 「う、ぐ、あああああああああああああっ!!」 ぐっと全身に力を込め、圧し掛かる力に必死に抗う。そんな俺をあざ笑う。今のお前に何ができる。腕は封じられて特殊魔法は放てず、通常魔法を編む集中力さえも奪われたこの状態でなにができる、と。 できるに決まってんだろうが、あほう。 俺は可能な限り嫌味な笑みを浮かべてやった。 「俺の魔法が手から出るなんて、いつそんな事言った?」 「ぬおっ!?」 両手を押さえつけていた岩人形を同時に貫き、ファイバーにも放つがそれはかわされ鎧の一部を抉り取るに終わった。だがこれで解放された。 「そうか、魔法を暴走させた時は、動作など必要とはしていなかったな!」 「望めば尻からでも出せるけどな!!」 追い討ちをかける。もはや隠す必要はない。モーションを経ずに畳み掛けるように次々に魔法を放つ。ファイバーは素早く動きながらも、その鎧は次々に削られていく。だがやはり、早撃ちでは直撃は狙えない。 だん! 音を立てて床を蹴り、ファイバーへ向かう。鎧の多くはすでになく、これならば俺の攻撃も直接打ち込むことができる! 「おおお!!」 「はああ!!」 交差する拳と拳。俺はもぐりこむように、やつは覆いかぶさるように、互いに拳を打ち込む。速さでは俺が、一撃ではファイバーがそれぞれ勝る。ファイバーの拳がこめかみを揺らす。俺は胸の中央に、螺旋に捻った掌底を突き入れる。がつんと音がして、視界がぶれる。次いで右の耳が熱を持つ。右の側頭部を強打されたのだと気付いた時には、反撃に敵の顎を突き上げていた。がちん、と手ごたえが返ってくる。ぎょろりとした視線と目が合い、その視界を埋め尽くすように拳が顔面めがけて降って来る。それを受け流し、受け流しきれずに膝が折れた。その体を襲った横からの衝撃。左の膝が脇腹に突き刺さっていた。その膝を脇で締め体を引き、相手の体が前に出たところに肘を叩き込む。 意識は朦朧としながら、ひたすらに勝つためだけに動く。体が動く。意志がひたすらに、体を動かす。 それでも、どれだけ意志を保っても限界はやってくる。体力の、肉体の限界が。 ふらりと足から力が抜け、後ろによろけてしまう。その隙にファイバーの太い腕に俺の首が締め上げられ、背後のフェンスに押し付けられた。そのまま壊れそうなほどに歪むフェンス。 「はぁ……はぁ……」 「どうやら、お前の力も、ここまでのようだな」 ファイバーが指を鉤爪のように曲げる。その太い指先がどれほどの力を持っているのか、それを味わった俺は、それがもはやナイフに匹敵する凶器であると理解する。 命の危機にありながらも、どこか気持ちは晴れやかだった。今まで頭の中を覆っていた色々な面倒なものが綺麗さっぱり、うせているようだ。 「やはり、あの男の息子か、久々に全力を出した。だか所詮、あの男が倒せなかったのにお前に俺が倒せるはずがなかったのだ」 へ。そうかい。 ふざけろ、クソヤロウ。 「「死ね」」 同時につぶやいた、瞬間。 「かぁぁぁっ!?」 ファイバーの四肢を四本の光が貫いた。首を締め上げる指先の力の緩みを感じ、俺はすぐさまファイバーの拘束を解く。倒れようとするその胸に肩を当て、地面を強く踏みしめ――ドンッ! 放たれた肘打ちは、ファイバーを吹き飛ばす。 その瞬間、限界を迎えた俺の体は倒れ――優しく、受け止められた。 「あぁ……さんきゅ、ユリア。危なかった」 「私こそ、あなたには助けられてばかりだから」 暖かで、柔らかくて……いい香り。すぐにでも眠ってしまいたい、ところだけど。あとちょっと、ひとふん張り。 俺はユリアに肩をあずけて、倒れるファイバーまで歩み寄った。ファイバーは意識はあったが、俺と同じような状態だった。俺は少しどうするか迷った後、魔法を放つ。 「ぐっ!!」 「ヒロトっ!?」 大丈夫、ちょっと四肢の神経の伝達を遮っただけだから。こいつくらいの根性があれば、貫かれたくらいでおとなしくしてるなんて楽観はできなかった。まったく、意志が強すぎるのも問題だ。 「俺達の、勝ちだな」 「……だが、もはや世界の礎の発生は止められんぞ。この世界はいずれにせよ、終わる」 それが、最後の問題だった。果たしてこの世界の崩壊を止めるにはどうすればいいのか……そも、世界の礎の詳細が分からなければどうしようもないのだ。なぜ世界の礎が生まれることで世界が終わるのか。それがわからない限りは。 「ファイバー、その、世界の礎って一体なんなんだ?」 「知らん」 あ、ちょっとぶち切れていいですか? 「なんといわれようと知らんものは知らんのだ。ただ、それが手に入れば新たな世界を創造できることは確かだ。ただ、それがどのようなものなのかまでは資料にはなかったのでな」 「なんだよ、資料なんてあるのか? ていうか、他の資料を探せばいいじゃねえか、どこだよ、その資料」 「姫君の王城の秘密書庫だが」 「えぇっ!? あ、あそこに忍び込んだんですか? いつの間に!?」 また随分と意外っつーかありえそうっつーか。ユリアも真剣にセキュリティについて考えてる場合じゃないって。 「どちらにせよもはや資料を探している時間などないぞ。具合から見て、もはや生まれるのは――」 その言葉の途中、ぐらり、と足元が揺れた。 その奇妙な……しかし不穏な揺れに、俺とユリアは顔を見合わせた、その時。 ドンッ!!!! 突き上げるような揺れが起こり、学園を、いや、街全体を揺らしだした。あまりの揺れに立つこともできず、俺達は寄り添うようにその場に座り込んだ。戦いによってガタが来ていた部分は崩壊し、フェンスもメリメリと音を立てて落ちていった。 一体、どれほど揺れていたのか。長かったような短かったような時間だった。 顔を上げた俺達は、街の光景を見て愕然とした。どれほどの揺れだったというのか、いくつかの家はつぶれ、あちこちで先よりも酷い火事が起きていた。 今の揺れは、地震、だったのか。けどそれはおかしい。この世界は表の世界とは隔絶されているから、地震なんて起こるはずがないのに。 しかも揺れはまだ小さく続いている。それだけじゃない、どこか遠くからも、同じような音が聞こえてくる。 一体どうなってるんだ、この世界は!? 「……! くるぞ、世界の礎が!」 ファイバーの興奮したような言葉と共に、周りの空気が密度を増したような圧迫感が生まれる。その圧迫感の中心は、自然と感じられた。 三人の視線が、ゆっくりと一箇所に集まる。そこに、何かが集まっているのを感じる。そして―― ――リィインッ!! 耳をつんざく音と共に、エメラルドグリーンの光の塊が姿を現した。世界の礎というにはあまりにも小さく、その大きさの割には途方もない存在感を持って、そこに現れた。 これが――世界の、礎。世界を、生み出す元。 呆然と見やる俺達。それがまずかった。 「おおおおおお!!」 「んなっ!?」 ファイバーが、己の四肢に岩人形を突き刺して動かしていた。馬っ……鹿か、こいつ!? そこまでしてでも……叶えたい、願いなんだろう。 だが、それを黙って見過ごすわけには―― ざりっ。 砂を踏む音。 なぜかその音は、やたらと、耳に響いて聞こえた。 「おや、ファイバー『君の魔法は、もう打ち止めだろう』」 ざわり、と空気が変わる。違和感だとかそういった生易しいものじゃない、これはもっと単純なもの。単純すぎて、すぐには理解が及ばないもの。 ファイバーがその言葉の通り、唐突に岩人形の動きを制御できなくなって、倒れた。 その人は。その、人は。呆然とする俺達の前に、ふらりといつもの調子で現れた。 乃愛、さん? え、いやちょっと、え? なんだ、これ。理解できない。理解が及ばない。理解が追いつかない。何かが明確に違うわけじゃない。何か明白な差があるわけじゃない。でも直感が、経験が、本能が、理性が、告げている。 この女は、乃愛さんじゃない。もっと何か俺の理解の及ばない、別の存在だ。 「ノア……アメスタシア…………!!」 驚いたことに、ファイバーの声には間違いなく恐怖が宿っていた。 いや、何を驚くことがある? そんなの当然だ。だって俺が――慣れ親しんでいるはずの俺でさえこの目の前の人に恐怖を感じているのに。 ああそうだ、乃愛さんが現れる直前のあの空気。あれは、恐怖だ。世界が彼女に恐れ戦いたのだ。 「ふぅん……これが、世界の礎か。もっと大仰なものかと思っていたのだが、まあこんなものか」 興味深そうに、あるいは興味なさそうに。彼女はじろじろと世界の礎を観察している。 そして、その手を世界の礎へと伸ばす。 「乃愛さん!」 俺の呼びかけに、ぴくり、とその肩が動いた。ゆっくりと彼女が振り向く。それは見慣れた顔、見慣れた表情。 ああ……やっぱりだ。何度でも言うぞ。 あんた、誰だ。 「ノアさん……? あなた、本当に、ノアさん、ですか?」 たずねる声は震えていた。俺はユリアの手をしっかりと握り締める。俺が震えるわけにはいかない。 何がなんだか良く分からないが、とにかく、今の乃愛さんはやばい。たぶんファイバーたち全員をまとめたのなんかより、ずっと危険だ。 「やあやあ、なんだか随分と怯えているな。だがその恐怖、その忌避は生命体として当然の反応だろう」 「どういう、事ですか?」 「ははっ、言って信じるとも思えないが、はてさて、黙っていては話が進まない。困ったものだ」 その仕草も喋り方も乃愛さんそのものだというのに。なんだ、この違和感は!? 「ノアさん……い、一体、どうなさったのですか!?」 「どうした、どうした……というと、こう答えるしかないだろうな。私は、君らの知る乃愛の中に存在するものだ」 「……どういう、ことですか?」 乃愛さんは……うん、とひとつ肯いたあと、こんな風に言った。 「簡単に言えば神のようなものだよ。それもとびきりたちの悪い、ね」 何を仰いましたか、この方は。 唖然とした。ユリアも同じだ。ファイバーは……顔は見えないがたぶん同じだろう。何か、とんでもないことを言いやがったぞこの人。 「え、ちょ、ちょっと待って下さい。それはなんですか、ギャグとかじゃなくて?」 「うん」 即答しやがったよ、この人。 「な、何を言ってるんですかあなたは!? 今がどういう状況かわかって」 「それを理解しているからそれほど焦っているのだろう、ヒロト君」 …………っ!! ああ、そうだ、その通りだ。今のこの状況の悪さはこの上なく理解してしまっている。それは俺にとっても誰にとっても、最低最悪の現実。つまりは―― 「私が君らの敵に回ったと、それが理解できれば十分じゃないか」 その言葉に、俺もユリアも……ファイバーでさえ、何も言うことができなくなった。 一体乃愛さんに何が起こったのかはわからない。だが、この三人ともが理解していたのだ。この人は今、この場における唯一の勝者であると。 「ええと……念のために聞きますけど。今、それを手に入れようとしてましたよね、それでどうするんですか?」 「私のなすべきを成すだけさ。乃愛には悪いが、私の存在はただそのためだけにあるようなものなのでね」 こういう語りは、乃愛さんのままなのに。 いまだに地面を揺らす小さな揺れは収まらない。ぐらぐらと足元は揺れている。それにあわせて、俺の思考も揺れいてる。 「ひとつ、教えてください……あなたは、この世界を、どうするつもりですか?」 「……ほう、感じ取ったか。君の想像通りだよ、この世界を、破壊する」 ぎり、と奥歯をかみ締めて、残りのありったけの力を振り絞り地を蹴った。一動作で乃愛さんへと詰め寄り、握った拳をそのみぞおちに―― 「よろしい、合格点だ」 ぐるんと視界が回転し、背中をしたたかに打ちつけた。気付けば元の位置へと飛ばされていた。何がどうなった? 「悪くない動きだ。いや、むしろ大洋さんを髣髴とさせたよ。これから先が楽しみだ……その『先』がなくなってしまうわけだが」 「あなたは……この世界を守るために、戦っていたのではないのですか!?」 ユリアの叫びに、乃愛さんは横を向いてばつの悪い顔をした。 「乃愛はそうさ。だが私は違う。私がでてきたのは今しがたなのだから」 「じゃあ乃愛さんでないなら、あんたは一体誰なんだ!!」 乃愛さんは……乃愛さんの姿をしたそれは少し考え、 「……乃愛は苅野乃愛という名前のほうを気に入っていたね。それじゃ、私のことはノア・アメスタシアと呼ぶといい。わかりにくいから。ノアなりアメスタシアなり、自由に呼んでくれて構わない」 そういうついでのごく自然な動作で、彼女の指が礎に触れた。余りにも自然すぎて止める暇もなかった。礎は触れたその手に吸い込まれ、同時に世界を揺らしていた振動も止まった。 ノアはうんうんとなにやら一人で納得した様子だ。俺達はもはや言葉もなかったが、それでは終われない男がいた。 「貴様あぁぁぁっ!!!!」 「ああ、ファイバーか。まだ生きていたんだっけ、そういえば」 つと、その瞳が細まる。ぞっとした。その目は命を見るものじゃない、物を見る目だ。敵意なんてさらさらない、ただ殺意のみの目。 「なあ、ファイバー。君は――」 「やめろ……」 何が起ころうとしているのか、漠然と理解した。彼女の魔法は知っている。俺は何度も経験している、何度もそれを使うところを見ている。 そしてそれを言っていたことも覚えている。最悪の『錯覚』の使い方。無数の条件が必要で、まず使うことはないといわれた、その力。 ――相手に、自分の死を『錯覚』させる。 「『今日この日この場所で、死ぬんだったな』」 「やめろおぉぉぉ!!!!」 目の前で、ファイバーがびくん、と痙攣した。同時に、ざり、と頭の中に何かが割り込んできたような音。耳の奥から耳の外へと逆流してきたような、生理的嫌悪感を伴う音。 ぞっとした。今のがなんなのか、乃愛さんの『錯覚』を受けた事のある俺はわかってしまった。今のは『錯覚』の対象となったときの感覚だ。だが先ほどのノアの魔法は俺達を対象にしていなかった。それでも、傍にいるというだけで影響を受けてしまった。 魔法の規模が、増大している。巨大に、強力になっている! 「待ちや、ノア。あんた、なにしとるん。なんであんたが、それ持っていきよるん」 満身創痍。まさしくその通りの姿で、沙良先生がましゅまろと共にそこに立っていた。いや、沙良先生だけじゃない。 美羽、美優、陽菜、レン、貴俊、エーデル。全員、そこにいる。誰もが信じられないといった顔で、ノアを見ている。話を、聞いていたのか……。 「なあノア。あんたなにもんや?」 「――まあ隠しても仕方のない話だ。君たちには話しておこうか。私という存在がどういうものなのか、なぜ、乃愛の中にいたのか、をね」 ノアはまるで講義でもするかのように、静かに語りだす。 「事の始まりは……何年前だっけ? まあどうでもいい、昔の話だ。あるとき、私が生まれた。私が生まれたのは世界ではない、その元となる空間だった。そして生まれた私は――その瞬間に、乃愛の中に入り込んだ」 「寄生虫みたいやな」 その言葉に、ノアは苦笑を浮かべる。 「なら私は益虫という事になるかな。なぜなら――生まれた世界を乃愛が生きていられた理由は、私という存在があってこそ、だからだ」 「どういう、意味、ですか?」 「乃愛を産んだモノは本当は追放なんて甘いことを考えてなんかいなかったのさ。奴らの当初の目的は、殺害だ。乃愛には無限の可能性があったからね、それを恐れたんだ。だが、殺さなかった……殺せなかった。私がいたからだ。私を内包した存在は死なない、何があろうとも絶対に、だ」 絶対、とは大きく出たものだ。いつもの乃愛さんならそんな言い方はしない。それこそ、絶対に。 世界の不条理や気まぐれをひとやまいくらといわんばかりに見て来た乃愛先生だからこそ、絶対などという言葉がどれだけあやふやなものかを知っていたんだろう。 人にとって唯一の絶対である死さえ、ファイバーの姉のようになってしまえば絶対でなくなる。 「絶対、とは大きく出ましたね……じゃあなんですか、溶鉱炉の中に沈んでも死なないとでも?」 「ははは、愉快な事を言うねヒロト君。そんなことになればいくら私でも死んでしまうによ。私はね、非常に悪運が強いのさ、それこそ自ら死を望まない限り、事故や戦いにおいて死ぬなんてしないし、宿主である乃愛にもさせない。私が操るのは魔法よりももっと深い、根源にあるものだ。その力をもってすれば世界ごと殺そうとしない限りは、私を殺すことは不可能だろうね」 世界ごと、という言葉に思わずこと切れたファイバーに視線を向けた。たった一人を殺すために必要な犠牲。世界ってのは意外と皮肉屋さんらしい。 「……で? その自称たちの悪い神様は、何だってこの世界をぶっ壊すんですかい?」 「それは……ふむ。言語化するのは少々面倒だな。加えて――」 ノアは自分の体をどこか不満げに見下ろした。はて、一体あの体のどこに不満があるというのだろうか。少なくともこちらの女性陣と比べたら立派に―― 「……おにいちゃん?」 急いで美優から視線を逸らす。 「ふーむ、ヒロト君、ちょっと頭を貸したまえ」 「えぇ?」 伸びてくる手に思わず体を引いてしまった。普段の彼女ならともかく、今の彼女に触れるのは本能の部分が拒絶を示す。その調子がいつものように見えるだけに、余計に違和感を感じてしまうのだ。 「何故逃げる?」 「本気で言ってますか、あなた」 「別に何も怖いことはしないさ」 「その言葉を聞いて安心できる人間がこの世にいるか!? てか、普段の乃愛さんはそういうことを言った時が一番危ないんだよ!!」 「やれやれ……乃愛にも困ったものだ。『ほら、足が動かないんだから無理しない』」 え? うおっ!? 引こうとした足がアロンアルファで接着されたかのように一瞬で床に固定された。思わず足元に視線がいって、その隙に―― 「ほら、これでいい」 そういって、ノアの手が優しく俺の頭の上に乗せられ…… ばちんっ!!!!
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130: 名前:HARU☆04/08(金) 22 31 33 入浴を終えた部員達が食堂に足を運び、夕食に手をつけ始める 「うんめーっ!生き返るわ!」 「相沢も手伝ったんでしょ?まじ幸せーっ」 「あんたらくるみのことばっか!私も作ったんだけど!」 二年同士のやりとり 千穂ちゃんが「食うな!」と悪戯気に皿をわざと取り上げたりする まぁ、作ったってゆうか食堂の人の手伝いしか本当にしてないんだけどね 「くるみ、お風呂行ってこよ」 「あ、うんっ」 のりが手招きをする 身体中ひりひりで痛いし汗臭いもんな私 「相沢風呂行くの?一緒に入る?」 「洗ってあげよっか?」 一年はまだしも、二年は口々に声をかける 「奏太くんならいーよ?」 くるみがわざと聞こえるように言うと、一人だけ大きく咳き込む それを見ると楽しげに食堂から退出する 「んだよー、やっぱり北條かよー」 「奏太後でまじシメる」 「大変だね、奏太」 佐々木が笑いを堪えながら奏太の背中を優しくさする 「…本当、何考えてんだあの人……」 はぁーっ、と奏太は頬を染めて長いため息をつく 131: 名前:HARU☆04/08(金) 22 59 07 お風呂からあがると寝間着に着替え、邪魔な髪を後ろでくくる いやー、生き返った 日焼けでお湯がしみて痛かったけど汗のべとべとは取れたしすっきり 「王子様は不機嫌な様子ですよ」 「へ?」 髪をくくりながら歩いているのりがそんな言葉を言う のりの視線の先に目をやると廊下の壁にもたれかかっている仏頂面 「奏太くんっ」 テンションが一気に上がって忠犬のように奏太くんの傍に行く すると頭をぺしっと叩かれた 「馬鹿か!」 「えぇぇっ!?」 「あんなこと友達や先輩の前で言わないで下さい!」 あんなこと…?あぁ、さっきの 叩かれた頭を自分でさする 「だって奏太くんならいいんだもーん」 「…あのねぇ、状況ってもんがあるでしょ」 「本当に奏太くんならいーよっ?」 反応が楽しくてついついからかってしまう 気付くとのりはすたすたと先に帰っていた 私があまりにも奏太くんににこにことして遊んでいると 急に肩を掴まれて呆気なく壁にトスッと押し付けられ、板挟み状態にされる 顔を見上げると真面目な表情 「そんなこと言ってると、……ここで襲いますよ」 胸がどきんと音を鳴らした 襲う、という単語の前の沈黙がいやにリアルで何も言えなくなってしまう 135: 名前:HARU☆04/09(土) 20 41 42 自分で仕掛けておきながら実際真に受けとられると …どきどきして心臓がうるさい 私が黙ったままでいると先に奏太くんが口を開く 「…ほら、こういうこと言うと何も言えないでしょ?」 「…や、やれるもんならやってみなよ!」 少し上から言う奏太くんに張り合ってしまったのか、ついついそんな言葉が出る あ、と慌てて口を押さえて奏太くんを見ると目を丸くして驚いている 変な緊張感が漂う すると曲がり角の遠くの方から数人の声がだんだんこちらに近づいてくる さすがに奏太くんとこんなところに二人だと奏太くんが部員に なんやかんや言われてからかわれてしまうと思い、急いで去ろうとすると 「こっち」 腕を掴まれて一番近い使われていない部屋に入り、扉を閉められる 私達がいることに全く気付かず、真っ暗な部屋の前を声が通り過ぎて行く 「―――………っ」 自然に抱き締められた状態 密着する身体が熱い お風呂上がりのせい…、じゃないよ…ね 139: 名前:HARU☆04/09(土) 22 55 57 熱い 「あ、の…。奏太く」 「デメリットを三つ」 「…へ?」 急にわけのわからないことを言い始める てゆか抱き締められたまま…っ 「合宿に参加するって知ってたら全力で止めてました。 だから初日でわかった"相沢くるみがいることによる俺へのデメリット"」 「あ、…はい」 デメリットって…、ひどー 私は奏太くんのサポートができたらなって思ったのに …まぁ、泊まりとか部活生姿とかに惹かれたけどさ 「まず一つ、暑いだるい焼ける」 「それ私に限りじゃん」 「二つ、外野がうるさい」 「…やきもちだ」 確かに二年はなかなかうるさいけど、ちゃんと適当にあしらってるし 「三つ目」 「あ、はい」 なんだろう?と思っていると、急にぎゅうっと抱き締める力が強くなる 「…俺が我慢できなくなる」 暗闇に目が慣れてきたころ、奏太くんの手が頬に触れ髪と一緒に掬われる 奏太くんの言葉と動作に胸がきゅうっと締め付けられる 何か言葉を発そうとした時には綺麗に唇を塞がれていた 140: 名前:HARU☆04/09(土) 23 12 23 奏太くんの熱を身体全部で感じてしまう 「待…っ、ふぁ…」 いつもそう 奏太くんは見た目じゃ想像できない濃厚なキス 私はついていくだけで精一杯 ズルズルと腰が砕けるように力が抜けていくのに奏太くんはお構い無し 真上から被せるように水音のするキスを続ける 「ひゃ…っ」 奏太くんの手が腰からするりと上へと伸びてくる さ、さすがにまずい! 「まっ、待って!ストップ!」 「…なんで」 「な、なんでって…っ。合宿中だし不謹慎、かな…って……」 あ、熱い… てゆか止めなかったら奏太くん本当に続けそうだったし…っ やっぱりみんな同じ棟にいるし、あくまで部活の合宿中だし… 「こ、声が…っ聞こえちゃうかも、だし…っ」 そう顔を赤らめて私が言うと奏太くんは口に手をあてて、 「……恥ずかしいこと言わんで下さい」 と困ったように言った わ、私何か間違ったこと言った? 焦り困っていると、ちゅっとリップ音を立てて私の唇に触れる 147: 名前:HARU☆04/11(月) 20 33 58 ひゃー!この萌え男子め! 私の頬が赤くなるのを見ると悪戯気に笑う ド、ドSか! 「と、とにかく合宿中は駄目!練習に専念すること!」 「そんなこと言うなら初めから来ないで下さいよ」 うっ、……確かに私、邪魔かも 初日からこれじゃ駄目だよね 「わ、かった。奏太くんに合宿中は話かけない」 「…本当に?」 「ほ、本当…に」 嘘だよー!本当は常にかまっていたいんだよー! …なんて言えるはずもなく 奏太くんの練習の妨げになるなら陰から見つめるだけ、にします 「…マネージャーらしく"部員"のサポートだけをします」 「ふーん…。わかりました」 さらりと返事をして触れていた手をぱっと離す それはそれで、…少し寂しいような気も 「じゃ、また明日もよろしくお願いしますね。"相沢先輩"」 「な…っ」 わざとらしく私をそう呼ぶと一人で部屋から出て行く な、何あの言い方ーっ! 148: 名前:HARU☆04/11(月) 20 45 48 * 次の日からあからさまに奏太くんから避けられ続ける 私が話かけないとかいう以前に奏太くんがわざとらしく逃げていく 「また喧嘩?」 ぶすっとした顔をしている私にのりが声をかける 部員達は部内でチーム練習中 「喧嘩じゃないもーん。私はマネージャーだもーん」 「はぁ?」 ツーンとしてそう言うと奇声を発する 私だって…わかんないんだもん すると部室内の掃除を終えた千穂ちゃんが戻ってきた 「くるみさ、北條くんと別れたの?」 「はぁ!?」 さらっと言う千穂ちゃんに今度は私が奇声をあげる わ、別れた!? 「あ、違うの?なんかここ数日二人共会話もしないで 変な空気漂ってるから破局っていう噂聞いたからさ。 部員が、"俺いけんじゃね?"とかちらほらほざいてるよ」 な、なんだその噂! 別れてないっつーの別れないっつーの! 「……合宿中はマネージャーだもん、私」 「は?」 「意味わかんないでしょ」 私の発言に千穂ちゃんが?マークを浮かべると、のりが同意を求める 私は奏太くんの力になりたかったのに、邪魔したくなかったのに …なんでこうなっちゃうかなぁ 152: 名前:HARU☆04/12(火) 20 30 00 合宿は折り返し地点を過ぎ、残り三日 合宿最終日は他校との練習試合が組まれている為、 日が経つにつれて部員達の士気も徐々に高まっている ……なんてことよりも、 「まだ無視されてんの?」 のりが片付けをしながらそう問いかける 「無視じゃないもん、話さないようにしてるだけだもん。 てゆうか私が"あえて"無視して"あげてる"だけだもん」 はぶてた顔で一つ一つ強調して伝える のりは「はいはい」と適当に返事をする よく考えてみると内緒で私が合宿に参加したのがいけないんだよね… 「でもっ!」 「わっ!うるさい!」 でもだからってあんなふうに言わなくたってさ! あからさまな態度をとらなくったってさ! 私だけが悪いんじゃないもん!そうだ! 「なんか…、くるみと付き合ったら面倒くさそうだよな」 「のり」 のりがぼそっと呟くもんだから、じろっと睨む 「おっと」とわざとらしくのりは口を手で塞ぐ でも奏太くんも面倒くさい…、のかなあ… 153: 名前:HARU☆04/12(火) 20 43 23 その日の練習を無事終え、夕飯も入浴も済ましたので部屋に戻ろうとする 「相沢先輩」 私を呼ぶ声がし、後ろを振り替えると廊下の曲がり角で手招きが見える 誰かわからずにとりあえずとたとたと小走りに行くと部屋着の部員 「あ、えーと…佐々木くん。だよね?」 「当たりです」 ひひっと笑う可愛らしい表情 奏太くんと仲良いから顔はよく覚えていた この子も可愛い顔してるんだよなあ 「なあに?」 「や、初日以来奏太と何かあったのかなーと。 先輩達は別れただの言ってますけど違うんですよね?」 「ち、違うよっ」 またそんな噂…! 二年はそんなことしか考えない暇人か! 「ですよね、よかった」 優しくはにかむ佐々木くん はうっ、きゅん! 年下萌えスマイル頂きました! 「!、わざわざそのために?」 「理由は詳しく知りませんけど、奏太も変に頑固で子供だから。 …あっ、今言ったことは内緒にしてて下さいよ!」 「やばっ」と言いながら自分の口元に人差し指をあてて「しーっ」とする か、可愛い! 奏太くんの友達は奏太くん並にきゅんとさせてくれるなあ うん、ごちそうさまでした 155: 名前:HARU☆04/12(火) 23 16 35 * 「ありがとうございました!」 部長の号令に習い、部員が挨拶をして6日目の練習が終了する 各自で片付けを始める 「くるみ、行くよ」 「うん」 のりに声をかけられて、夕飯の準備の為に食堂に向かおうとすると ―――ガシャーン! 大きな音が響き、部員達が騒々する 焦って私達も振り向くと片付ける為に運んでいたゴールが倒れたようだ 「だ、大丈夫っ?」 慌てて人集りに近寄るけどみんな「大丈夫ー」と気楽そうに笑う やっぱりみんな驚いてはいるけど、幸い大きなケガとかはなさそうだ 「あ」 ほっとした時に佐々木くんの足に目がいく 「佐々木くん、足っ」 「え?…あ」 本人も気付いてなさそうだったけど血が流れていた 切れた、とでもいうように縦に線が入り、真っ赤な血が滴っていた 「佐々木大丈夫か?」 「うわ!えぐっ!」 「痛くないわけ?鈍いなー」 佐々木くんは「うわー」と言いながらも冷静 や!痛いって絶対! 私は佐々木くんの手を握る 「保健室行こう!鍵借りたら入れるし!」 「大丈夫ですって。水道水で流せば」 「駄目だよ!行くよ!」 「え、あ、わっ」 ぐいぐいと引っ張って佐々木くんを連れて行く 「えー…、俺がケガすればよかった」 「俺も」 くるみと佐々木が手を繋ぐ姿を見て羨ましそうに呟く部員 奏太もその姿を不安気に見つめる 不安は佐々木のケガになのか、それとも ―――繋がれた手になのか 160: 名前:HARU☆04/13(水) 15 50 22 夏休みの為、保健室不在なので鍵を借りて扉を開ける さすがにこの傷は応急処置用の救急箱では補えない 「あのっ、本当に大丈夫ですって!痛くないし!」 「はい!座って!」 佐々木の言葉に耳も傾けずに、くるみは椅子の上にどかっと座らせる カタカタと消毒液やガーゼなどを探す 「痛くないってことは麻痺してるかもしんないし。甘く見ちゃ駄目だよ」 少し不慣れながらも手当てをしていく 血を拭き取ると縦に線が入った傷口が思ったよりも深いことに気付く じわ…っ、と真っ赤な血が浮き出てくる くるみは思わず身震いをする 「グロいのって女の子は無理なものなんでしょ?大丈夫ですから」 佐々木がくるみの様子に気付き、気を使ってそう言う 「だ、大丈夫!それにこんな状態でほっとけないもんっ」 ―――…トクン 佐々木の胸がふいに鳴る 一生懸命で頑張っているくるみの姿を見て そして、はっと我に返る 「や!ないない」 「?、佐々木くん?」 首をかしげて下から覗き込むくるみに再びドキッとする ―――…傷口よりこっちの方が重症かもしれない 佐々木は首を横にふるふるっと振り、雑念を掻き消す 162: 名前:HARU☆04/13(水) 16 30 26 佐々木はその後、顧問に連れられて一応病院に行ったが大事には至らなかった それでも明日の練習試合は安静の為に不参加 「あーあ、ついてない」 徐々に痛みが感じてきた足でぎこちなく歩く佐々木 奏太と共に自動販売機の前で飲み物を選ぶ ガコンッと音がし、かがんで炭酸を取り出す 「せめて試合はしたかった」 「いーじゃん。一生サッカーができないとかじゃないんだし」 奏太がそう言うと「まあね」とため息をつく佐々木 同じように奏太も飲み物を買うと部屋へと戻り始める 「…あのさ」 「ん?」 奏太が少し言いづらそうに口を開く 「あの人のこと…、ただの"先輩"だよ、な」 佐々木の胸が一瞬ドキリとした あの人、つまり相沢先輩のことだろうと 奏太の勘がいいのか、やきもちなのかは佐々木にはわからない 「先輩以外なんなの?ははっ、奏太変なの」 「…や。だよね、だよな」 奏太は「変なこと聞いてごめん」と笑いながら謝る それなのに二人の間に違和感が生じた気がするのはお互いの気のせいだろうか …いや、気のせいならいいと互いに感じていた 169: 名前:HARU☆04/14(木) 20 28 43 サッカー部合は宿最終日を迎えた 結果から言うと他校との練習試合は3-1で我が南原サッカー部の勝利 気持ちよく過酷な合宿を終えれそうで私達もサポートしたかいがあった だけど、 「佐々木くんっ」 ベンチに少し俯き気味で座っている佐々木くんに話しかける 足に巻かれた包帯 「残念だったけど、まだ一年なんだし。これからいっぱい試合できるよっ」 「ありがとうございます」 最終日直前のケガによって佐々木くんは試合に不参加 なんだか不慮の事故なのに可哀想で胸が痛い 笑って返してくれるけど本当は悔しいと思う 「奏太と話したんですか?」 「し、知らなーい」 わざとらしくツーンとしてみせる だって私だけじゃなくて奏太くんも悪いし 「仲直りしなくちゃ。駄目ですよ?」 「はーい…」 仕方なさそうに返事をすると「あはは」と笑う佐々木くん 可愛いなあ、くそう 私が慰めようと思ったのに逆に元気もらっちゃった 部員達が片付けを始めたので佐々木くんも手伝おうと腰を上げた するとケガした方の足がバランスを崩してよろっとなったので 「わ、危ないっ」 咄嗟に手を差しだし、私より大きい佐々木くんを支える 萌えます。年下男子 続き22
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アンドレアスティスエラザスケザニアス(アンドレアス・ティス・エラザス・ケ・ザニアス) ギリシャ国王の系譜に登場する人物。 関連: ゲオルギオスイッセイ(2) (ゲオルギオス1世、父) オルガコンスタンティノヴナ (オルガ・コンスタンティノヴナ、母) アリスオブバッテンバーグ (アリス・オブ・バッテンバーグ、妻) マルガリタティスエラザスケザニアス (マルガリタ・ティス・エラザス・ケ・ザニアス、娘) セオドラティスエラザスケザニアス (セオドラ・ティス・エラザス・ケ・ザニアス、娘) セシリアティスエラザスケザニアス (セシリア・ティス・エラザス・ケ・ザニアス、娘) ソフィアティスエラザスケザニアス (ソフィア・ティス・エラザス・ケ・ザニアス、娘) フィリップマウントバッテン (フィリップ・マウントバッテン、息子)
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元スレURL ダイヤ「さあ、10万円を集めますわよ」 概要 給付金を一人使い込んでしまった善子は… タグ ^津島善子 ^Aqours 名前 コメント
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登場人物 ディエゴ ドン・シャンドラ ヌガイ・ヤーガ ラジール・ド・ラ・トーガ オルガ・ド・ラ・トーガ
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あるしにがみがこのよにだいたてつがく【登録タグ KAITO あ アミノ式P 曲】 作詞:アミノ式P 作曲:アミノ式P 編曲:アミノ式P 唄:KAITO 曲紹介 歌詞 人々は遥か古から“答え”を探し続けてきた 何故ゆえに人は生まれ何故生きてゆくのか この世に在りし者達が求めた幸とは何物か? わずかの生ける時間だけを充ちて過ごすことか? 富を手に入れた者が築いた過去は 土に還った後に何も残らない “破滅”という言葉こそ俺の心の道標 欲望だらけの世界には俺の求める“答え”はない… 人々は遠く古から“永遠”を望み続けてきた 誰もが逃れられない滅び去る運命に ”全ての命に等しく死は訪れる”というが この世に生を受けた瞬間負う行く末は等しいか? 足掻き苦しんで永らえる命には皆恐れる“死”さえ幸いなのか? “残酷”という言葉さえ俺の心は憧れていた 誰もいずれ辿りつく“死”こそ真実の未来… 独り残された者が描く未来は 戻らぬ過ぎし日の夢の中 “破滅”という言葉にも一握りの希望があるならば 世界から捨てられても俺は"悪"で構わない “残酷”という言葉にも一欠片の愛があるならば 世界から拒まれても俺が"死神"である限り… コメント 追加乙です!! -- つぶこしょう (2012-12-15 20 10 15) 名前 コメント
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コンスタンティノスイッセイ(コンスタンティノス1世) ギリシャ国王の一。 関連: ゲオルギオスイッセイ(2) (ゲオルギオス1世、父) オルガコンスタンティノヴナ (オルガ・コンスタンティノヴナ、母) ソフィアティスプロシアス (ソフィア・ティス・プロシアス、妻) ゲオルギオスニセイ(2) (ゲオルギオス2世、息子) アレクサンドロスイッセイ(2) (アレクサンドロス1世、息子) エレナアロムニエイ (エレナ・ア・ロムニエイ、娘) パウロスイッセイ(2) (パウロス1世、息子) イレーネディグレチアエダニマルカ (イレーネ・ディ・グレチア・エ・ダニマルカ、娘) エカテリニティスエラザスケザニアス (エカテリニ・ティス・エラザス・ケ・ザニアス、娘)
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Oblivion/オブリヴィオン Odin/オーディン Ogre/オーガ Olga Cimaglia/オルガ=シマグリア Omar Karindu/オマー=カリンドゥ Onslaught/オンスロート Ord/オード Organizer/オルガナイザー Orini/オリニ Orphan-maker/オーフェンメーカー Oscar "Summers"/オスカー="サマーズ" Oshtur/オシター Overmind/オーバーマインド Oblivion/オブリヴィオン コズミック・ビーイング空間の欠如を具体化したコズミック・エンティティ。 インフィニティの対の位置にあるものとして考えられている。 Odin/オーディン 男性/アスガーディアン/神アスガードの最高神。 ソーとロキの父。 Ogre/オーガ オーガは以下の2人が該当する。Ogre(Brian Dunlap):男性/人間/ヴィラン→ヒーロー本名はブライアン=ダンラップ。 元ファクター・スリーのメンバー。 バンシーの監視役としてXマンションを一緒に襲撃したがXメンにバンシーを解放され、ファクター・スリーが解散してからはチャータリス山の基地に1人で待っていた。 バニッシャーと組んでヒューマス・サピエンを捕まえ、彼のパワーの謎を解くためにさまざまな実験をした。 ムーンストーンがマスターズ・オブ・エビルから逃げるのを助けた。 サンダーボルツがチャータリス山の基地に移ったときも隠れ住み、密かに彼らに装備を与えていたが見つかってチームの技術者となった。 ヒューマス・サピエンの力の元が地球の人類の生命力だと判明して地球規模の脅威となったとき、彼と共にスターゲートの彼方へ消えた。 Ogre(Wicked Brigade):男性/人間/ヴィラン本名は明らかになってない。 ウィックド・ブリゲードのメンバー。 スパイダーマンと戦おうとしたところをマスター・モナークに撃たれた。 Olga Cimaglia/オルガ=シマグリア 男性/人間/ヴィランドミニク・フォーチュンに密告された強力なギャング。 Omar Karindu/オマー=カリンドゥ 男性/人間/魔術師/故人?Dr.ストレンジの友人の魔術師。 カルト・オブ・ザ・アンリヴィング・フォーの指導者であり、スター・オブ・カピスタンの守護者だがそのパワーが増大して制御できなくなったため、Dr.ストレンジに助けを求めた。 名前の出ている明確な描写はないが、ヘッドメンがスター・オブ・カピスタンの歴代の持ち主を殺した時の顔のリストによく似た人物がいたので、その時に殺されている可能性がある。 Onslaught/オンスロート オンスロートは以下の2人が該当する。Onslaught (alien):男性/異星人/インペリアル・ガードシーアー帝国のインペリアル・ガードのメンバー。 Onslaught (entity):男性型/精神体/ヴィランエグゼビア教授とマグニートーの精神が合体したエンティティ。 通常はOnslaught (entity)か、その引き起こしたイベントの事である。 Ord/オード 男性/異星人/ブレークワールド人実験のためにレガシー・ウイルスで死んだコロッサスを甦らせた異星人。 Organizer/オルガナイザー 男性/人間/ヴィラン本名はアブナー=ジョナス。 改革党として知られている3番目の政治団体のためのニューヨーク市の市長の候補で、アニマンを組織して犯罪を行わせて資金を得て得票に繋がるような裏工作をしていたが、デアデビルに正体を暴かれて刑務所に送られた。 Orini/オリニ 男性/異次元人クレアの父。 Orphan-maker/オーフェンメーカー 男性/ミュータント/ヴィラン本名はピーター(姓は明らかになってない)。 詳しいことは明らかになっていないが、Mr.シニスターの遺伝実験に使用された「孤児院」で捕虜になったが制御不可能過ぎて、殺さなければならなくなったところをナニーに拾われた。 以後、ナニーと共に行動して若いミュータントの両親を殺して彼女に名付けられた通り「孤児」をつくるようになった。 Oscar "Summers"/オスカー="サマーズ" 男性/人間/故人血は繋がっていないがサイクロプスの先祖。 過去に来たサイクロプスとフェニックスに命を救われ、ダニエル=エッジを養子に迎え、サマーズの姓を名乗った。 Oshtur/オシター ヴィシャンティDr.ストレンジの同盟者であるミスティック・レルムの権天使ヴィシャンティの一体。 三体の内、唯一女性の姿で現れる。 Overmind/オーバーマインド 男性型/異星人/精神融合体本名はグロム。 惑星エユン(旧名:エターナス)のエターナルズが合体した姿。 上に戻る
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階段を下りると、混沌とした香りが鼻腔をくすぐった。くすぐるっつーか抉った。 「美優のやつ、失敗しやがったな」 呆れ、それでもまあ進歩はしているしその辺は認めないとなぁなどと胸中で呟きながら扉を開ける。 「よう、もう二人とも起きてたのか」 「おはよー兄貴。今日は昼まで寝てるかと思ってたけど」 「せっかくの休日を寝て過ごすのはもったいないだろ」 ま、それはそれで素敵な過ごし方だけどな。それよりも今問題にすべきはこの刺激臭だ。 「美優はどのくらいキッチンに閉じこもってんだ?」 「二時間……くらい?」 えーっと、今八時半だから、大体六時半くらいからか。嘘こけ。 ほれほれ本当の事を言いなさい。言わないと今漂ってくる匂いの元を全部お前の胃袋に流し込むぞ。 「……五時くらいに、すでに物音が聞こえてました」 「美優ー!!!!」 うきゃあぁぁぁっ!! などという悲鳴と共にどんがらがっしゃんと何かが崩れる音。 ため息ひとつ、俺は魔窟と化しているであろうキッチンへと踏み込んだ。 俺は人の努力を否定したりなどしない。頑張ることはいいことだ、うん。方向性を間違っていたり度を越していたりしなければ、の話だけど。 「というわけでジャッジタイム。本日の美優は度を越していると思う人」 判決、二対一により有罪。 「ふ、不当採決だよぉ!」 「ほほう……じゃあお前の背後に広がる天外魔境はどういうことだ?」 朝っぱらから美優に占拠されたキッチンは、その様相を大きく変えて今や――ああいいや、なんか説明したくない。ていうかこの状況を説明できる人間がいたら尊敬する。 水が重力を無視して宙に浮いてんだがどうやってんだこれ。魔法か、おい。 「美優、お前の努力は認める。確かにお前はここしばらくでその料理の腕を伸ばし、確実に進歩を遂げている」 「だ、だよね、だよねっ!?」 「しかしそれに伴って失敗時の被害も乗数的に拡大しているのはどういうことだっ!?」 「そ、それは、その……」 おう、なんだ言ってみろ。 「ち、ちゃれんじスピリット?」 「いやアタシに聞かないでよ……」 「だからって二人揃ってこっちを見るな! 一番聞きたいのは俺なんだよ!!」 結局台所を片付けるのに一時間近くかかってしまった……。 「だからさぁ、お前はあまり時間をかけすぎると逆に失敗するんだってば」 「で、でもほら、酢豚はおいしくできたよっ!!」 ああうん、確かにこの酢豚はうまい。ちょっと感動してしまうレベルだ。店で出てきても俺はがっつり食うね。 「けど何で朝から酢豚よ」 「なんかいつの間にかできてた」 「酢豚か? これ本当に酢豚なのか!? 実は何か得体の知れないものなんじゃないだろうな!?」 今まで自分が食べていた酢豚(?)を凝視する。大丈夫か、これ実は魔界の生命体だったりしないだろうな? 「兄貴、ちょっと疑いすぎだよ」 「といいつつなぜこっそり皿を俺のほうに寄せてきているのか詳しく説明してもらおうか」 美羽は答えず、ただ親指をぐっと立てていい笑顔を浮かべた。敵前逃亡か貴様っ! 食卓をはさんで火花を散らしていると玄関のチャイムが鳴った。誰だ、こんな時間……て時間でもないか。でも誰だ? 「あ、たぶん陽菜ちゃんだよ。さっき事情を話しておいたから」 「事情って?」 「美優が朝食作るために台所に入っちゃったんですよーって。そしたら笑って『それじゃあ朝ごはん作ってもっていくよ』だって」 「あ、あれぇっ!?」 「それは助かる。さすがに酢豚(?)だけじゃ腹は満たされないしな。片付けで疲れて何かを作る体力もないし」 「いやほんとほんと、持つべきは隣に住む幼馴染だよねー」 美羽が駆け足で陽菜を出迎えに行く。美優の視線がこちらへ向いてきた。はてさて、何か言いたいことでもあるのだろーか。 「ね、ねぇ、その会話、おかしいよね、ね? 何でワタシがご飯作ってるのにそんな話になるの?」 なにやら美優が必死になっているけど聞こえません。あーあーきこえませんきこえませーん。 都合の悪い事実には耳を貸しませんとも、ええ。 「大丈夫だよお兄ちゃん、かえって耐性がつくよっ」 ……何に対しての? て言うかそれ認めてるぞ、自分の製作物の毒性。 「みんなー、おっはよーっ! 待ちに待った陽菜ちゃんのご登場だよ、オマケつき!!」 「げほっ! ごほっ! がほっ!!」 青い顔をしたエーデルの襟を引きずりながら陽菜が賑やかに入ってきた。すごい、完全に気道が絞まっている。 「陽菜、そいつはなんだ?」 「朝散歩してたら見つけたから拾ってきたんだよ、相変わらず不健康そうな顔してたから!」 ナチュラルに酷いこといわれたアホ王子涙目。不健康というよりは貧弱なだけだと思うけど。 じたばたと暴れているエーデルの動きがだんだん鈍くなってきた。 「陽菜、そろそろ放したほうがいいんじゃないのか、それ」 「え、何が?」 本気で理解なさっていない模様。 別にエーデルがどうなろうと知ったことではないけどうちで人死にが出るのもいやだし陽菜を殺人犯にしてしまうわけにもいかない。 「ほら、お前が引きずってるエロい物体だよ」 「んにゃっ? のぉぉぉっ!? え、えーちんが何者かの手により瀕死の状態にっ!?」 「俺の目の前に犯人がいるんだが」 「えぇっ、美羽ちゃん!?」 「なぜそこでアタシが出てくるんですかっ!?」 「んー、流れ的に?」 「流れでいきなりアタシを殺人未遂の犯人に仕立て上げないで下さい! どこから見ても陽菜ちゃんのせいでしょう!」 陽菜はおもむろにエーデルから手を放すと、すすす……とすり足で俺の隣まで寄ってきた。 そして、びしぃっ! とポーズを決める。 「今えーちんに一番近いのは美羽ちゃんだよ! つまり犯人は美羽ちゃ――い、痛い痛い痛いよー!?」 「ええもう犯人なら犯人らしく強硬手段に出ることにいたしましたので……!」 「ヒロ君助けてー!!」 「えーっと、あ、これが持ってきてくれた食事か。ありがたく頂くぞ、陽菜」 「華麗にスルー!?」 あいにくと怒りの美羽には歯向かうつもりなどゼロだ。勝ち目云々以前に勝負にならない。 「げほっ、ごほっ……と、言うかだね。君たちは僕のことをもっと気にかけるべきではないのかい?」 「殺しても死ななそうだしなぁ……」 貧弱なのに。 「大体君、なんだい? 唐突に人のことをエロいなどと……失礼にもほどがあるだろう!?」 「おいおい、勘違いするなよ。俺は褒めたんだぜ?」 「……何?」 「つまりな、エロかっこいい=セクシーって伝えようとしたんだよ。んで、エロかっこいいって長いだろ? だから『エロ』かっこ『い』いっていう風に文字を取って略したわけだ」 ま、嘘だけど。 しかしエーデルはそんなほら話を真に受けたらしい。 「ふむ……そうか。エロかっこいい……セクシー、エロい、か。ふ、貧相な庶民にしてはなかなかのネーミングセンスだね!!」 なにやら一人で納得している。 とりあえず新学期からのあだ名はエロ王子で定着しそうだな。ていうか定着させてやるから覚悟しとけ。 俺とエーデルは互いに不敵な笑みを顔に浮かべてにらみ合う。くくく、庶民の力というものを思い知らせてやる。 「お兄ちゃん、ワタシもエロい風味に……」 「なれないっつーかならなくていいから」 そんなこんなでなぜだか大所帯での食事になった。 「っつーかエーデルはこっちのほうあまりこないだろ。何でノコノコ出歩いてんだよ」 「僕だって散歩くらいはするさ。それに……」 エーデルが目を細める。 この中では、俺にしかわからない意味を、込めて、 「あれから、ちょうど一年だからね」 言った。 一年。その言葉が表すものは、大きい。 一年前の八月三十一日、世界規模で起こった天変地異が、日本時間の九月一日になった途端にその全てが収まった。 原因不明の大災害。地震に津波、吹雪竜巻火山の噴火。本気で世界の終わりを想像した人も、いただろう。 ……多くの人が、犠牲になった。 それがほんの数人の人間によるものだということを知っている人間は、少ない。事実、今も世界中の研究機関や学者や、魔法使い達までもが原因の解明に奔走している。二度とあんなことが起こらないように。 ニュースでは、ちょうど一年となる今日を祝って世界各地で催し物が行われていると言っていた。まだ完全に全てが元通りになったわけではないし失ったものも多いけれど、それでもこの一年、この世界は多くのものを取り戻してきた。 今日は平日で本来なら学校があるべき日なのだが、そんな日なので休みになっている、というわけだ。 ……俺としては、ありがたい話だ。 「それにしても、あれから一年かぁ。長かったようで、短かったよねぇ」 陽菜はしみじみと天井を見上げた。 「まさか二学期始まってすぐに旅に出るなんて言い出すなんて想像もしてなかったもんね」 うんうん、と姉妹が揃って深く肯いた。 「まったくだ。世話をするこちらの身にもなって欲しかったものだよ、まったく」 偉そうに髪をかき上げるエーデルはそういうが、お前自分から買ってくれたじゃん、お前の世界の地理や風土の勉強。その辺のことは素直に感謝してるんだがなあ。 口が裂けても言わないけど。 「まあこうしてヒロ君がちゃんと無事に帰ってきたからいいけどさー」 「お前それこの前からずっといってるのな」 「いいじゃない、嬉しかったんだもん。嬉しい事は何度思い返しても嬉しいんだよ」 そーね。ありがとね。 最後の旅を終えて帰ってきた俺を、美羽や美優だけでなく、陽菜や貴俊も盛大に祝って出迎えてくれた。新手の嫌がらせかと思うくらいに盛大なものだったので正直思い出したくないが。何で家の前に戦車が止まってて号砲鳴らしてんだよ意味わかんねぇよ。 ま、帰る家があるってのは、うれしいことだけどな。 ふと、視線を感じる。 そちらをむくと……エーデルと、視線があった。ああ、わかってるってば。わかってるんだよ。 「あー。その話はまた今度な! 俺今日学校に行かないといけないんだよ、もう行かないと。あとお前はもう出てけ」 そういいながらエーデルを引き摺って居間を出る。 「あ、ちょっと待ってよ、アタシも行くから!」 「何かあるのか?」 「生徒会には、色々とね」 「あ……わ、ワタシも行くよ」 なんだ、結局全員出撃か。 「陽菜はどうする? どうせだし、一緒に行くか?」 陽菜は顎に指を手を立てて考えて――いや、これは、 「ううん、陽菜はいいよ、ヒロ君」 考えている、ふり。 「大事な用事、なんでしょ?」 まるで心を見透かすようなその視線に、俺は何も答えられなかった。 「それじゃあアタシは制服に着替えてくるから先に玄関で待っててよ」 「あ、ワタシも」 二人は階段を駆け上がっていった。 「……んじゃ、行ってくる。留守番、頼んでいいか?」 「はい、頼まれたよ。だから、ゆっくりしてきてね。陽菜はちゃんと待ってるから、ヒロ君を」 「ああ……ありがと」 俺は小さく笑って、部屋の扉を―― 「ヒロ君!」 呼び止められて、中途半端に開いた扉から顔を出した。陽菜は座ったまま、真剣な顔で、 「陽菜たち、一年前に何もなくして、ないよね?」 「…………」 何かを、感じているのか。 陽菜の魔法の影響か、彼女は特に世界の変化に敏感だ。他の誰にも理解できない変化を感じ取っていたとしても、不思議ではない。だから、 「……ああ、大丈夫」 まだ、何もなくしていない。これから、失いに行くんだから。 一年前のあの日。ユリアが消えた後、世界は少しだけ残酷な顔を見せた。 ユリアという存在の消失。その結果、ユリアはこの世界に存在していなかったことになっていた。この世界の人間でユリアのことを覚えていたのは、た俺だけ。レンとエーデルは異世界に属していたおかげか、この世界の干渉を受けることはなかった。 なぜそんな事になったのかはわからない。こんな時乃愛さんにでも尋ねれば答えが返ってきたのだろうか。だが彼女の姿も、この一年間一度として目にした事はなかった。 俺は静かに、居間の扉を閉じる。 何も知らないはず。でも、何かを感じてくれたんだと思う。それが純粋に、嬉しかった。 無言のエーデルと共に玄関の扉を潜る。照りつける白い陽射しに顔をしかめた。 「世界は――」 「あん?」 「世界は、あれだけのことがあったというのに、ほんの一年でこれほどまでに元の姿を取り戻す」 ……何を語っていらっしゃるのでせうか、この人は。 「それに対して人の心の複雑で単純な事だとは思わないかい? 一年もかけずに新たな想いを抱くこともできれば、何年経とうとも想いを断ち切れないこともある」 「人間がそういう風にできてるんなら仕方ないだろうさ」 日差しに手をかざす。どれだけ地上が騒がしくなっても、この空だけは一年前と何も変わらない。 そのことが少し、嬉しい。 「僕は永遠に君という存在と相容れないだろう。僕は君のことが大嫌いだ」 「そりゃ気が合うな。俺もお前のことはこの上なくだいっ嫌いだ」 「だが君のその想いだけは認めよう。誰が忘れても……たとえ君自身が忘れても、君がその一途な想いを背負って生きてきたそのことは、この僕は忘れない」 なんとなく、こいつはそれが言いたいがためにうちにきたのかと、そんな風に思った。 尊大で自己中心的で人の話を聞かないやつだったが……まあ、悪いやつじゃない、よな。 「ま、俺もお前のことは認めてやらなくもないさ。お前がいなけりゃ、この世界の今はもしかしたら違うものになってたかも知れないしな」 エーデルは不満そうにふんと鼻を鳴らすと、そのまま歩き出した。 「? お前学校に帰るんじゃないのか?」 ちなみに、今はエーデルは学校の敷地内に立派な一軒家を建ててそこに住んでいる。許可が下りたらしい。なんでやねん。 「ヒナ嬢が言っていただろう。ゆっくりしてくるといい」 「……ああ」 礼は言わないでおいた。なんとなく、アイツはそれを嫌がるような気がしたから。 歩くエーデルが角を曲がりその姿が見えなくなったとき、玄関が開き二人が並んで外へと出てきた。 「おう、遅いぞお前ら」 「こ、これでも急いだんだよ~」 わたわたと駆け寄ってくる美優。きょときょとと辺りを見回す。 「サフィールさんは?」 「さあ。どっかいった」 「適当ねぇ」 適当で結構。肩肘張って生きるのは疲れる。 俺達は並んで歩き出した。 そういえば、この一年で俺達の生活の中で大きく変わった部分もある。そのひとつが学校だ。この春から、学校にいわゆる通学路というものが生まれた。 体が沈むような浮くような感覚に包まれ、瞳を開けば長い坂道の入り口だった。去年までなかった『通学路』も、今ではすっかりおなじみの光景だ。とはいえ、通るたびに何か建物が増えていくのを見るのはやはり面白い。ここがある程度形になるのは、まだ随分と先だろう。 今までは学内に直接転移していたが、今では学校の前の長い道の入り口に転移させられる。なぜこんな風になったのかといえば、これも一年前のあの災害によるものといっていいだろう。 後ろを振り返る。すっかりと平穏を取り戻した町並みが、そこにはあった。 一年前のあの光景を、俺は忘れることはない。特に二度目に礎を解き放ったのは俺だ。その影響がどれほどのものだったのかはわからないが、それが原因で何かを失った人も、やはり、世界にはいるんだろう。 だから、この平穏な風景は俺にとっての免罪符であると共に、罪の証でもある。この痛みは少しばかり、重い。けれどこの痛みを忘れないようにしようと思う。 その痛みから続いているのが、この長い坂道だと思うから。 「この景色も、随分と見慣れてきたわね」 「うん。屋上から見る街も好きだけど、ワタシは坂道の途中から見る街のほうが好きかな。出店でお兄ちゃんがたこ焼き買ってくれたし」 「まったく、あんまり甘やかさないでって言ってるのにねぇ」 「とか言いつつしっかりとカキ氷おごらせたのはどこのどいつだこんちくしょうめ」 話題になっているのは今年の文化祭の話だ。今年の文化祭は坂道に街の有志の出店まで並び普段以上の大盛況だった。 この期間に合わせて旅から帰ってきていたのだが、旅よりもずっと疲れる日程だったのはどういうことなのだろうか。 とはいえ、生徒会副会長としてこれまで以上に活発に活動する美羽と、おっかなびっくりながらもそれを懸命に助ける妹達の姿を見ることができたのは僥倖だ。 俺が過保護にしすぎていたことを強く思い知らされた。俺が守るなんて息を荒くしなくとも、二人はちゃんとやっていける。俺は必要な時だけ、ちょっと手を貸す程度でいいのだ。 俺の存在なんて、そのくらいでちょうどよかったのだろう。全部を無理矢理背負おうとする必要は、なかったんだ。 美羽はきょときょととあたりを見回している。 「一応ここで待ち合わせなんだけど……」 待ち合わせ? はて、と首をかしげた時、二人が現れた。 「うぃーっす、乙カレー!」 「久しいな、三人とも」 「貴俊、レン」 待ち合わせてたのは二人だったのか。 「お前も一緒に見回りすんのか? 意外としっかり仕事してんだな」 「ふっ……これも、愛の力の為せる技だ。お前が帰ってくる頃にゃ面白可笑しく舞台設定しておこうと思ってな!」 ああなるほど、超絶巨大に余計なお世話か。 「美優、塩撒いとけ」 「え、う、うん!」 ごすがすごすぅっ!! 「ぎゃぁぁぁぁっ!?」 「うぉお? い、岩……いや、岩塩かっ!?」 大量の岩塩が貴俊に降り注いでいた。 「いやまて、何でお前岩塩なんか持ち歩いてるんだっ!?」 「え……は、伯方の塩のほうがよかった?」 ちゃうねん、そういう意味で言ったんじゃない。つかポケットに塩を常備しているのがおかしいと思う。冗談で言ったのに。 「けどまあしかし、攻撃力は必要ないんだし伯方の塩のほうがよかったって言えばそっちのほうが――ってどばーってかけてる!?」 「あ、あれ? だ、だめだった!?」 だめっていうか。いや確かに俺が言ったんだけど、本当にするとは思わなんだ。て言うか俺撒けって言ったんだよ? そんな袋さかさまにして五袋も六袋もぶっかけろとか言ってないよ? 「お、俺はもうだめだ……塩塗れになって干からびるんだ。あ、あとはみんなに任せて、俺はここで大翔の膝枕で休んで――」 「美羽、水ぶっかけろ」 「言われなくても準備できてるから」 「ごぼがばごべ!!」 うわー、俺地上でおぼれそうになってる人初めて見たわ。水揚げされた鯉みてえ。爪先サイズの可愛げもないが。 二分くらいで静かになった。 「それじゃあアタシ達は見回り行ってくるね」 「ああ、気をつけて」 「い、行ってきます!」 「美優、張り切るのはいいけど緊張しすぎるのもよくないぞ。それと、美羽のことを頼むぞ、こいつがもし暴れてる人間を勢い余ってついやっちゃいそうになったらあががががっ!?」 脇腹が痛い! 刺す様な締め付ける様な痛みがっ!? 「あーにーきー? ちょおぉっと、静かにしようかぁ?」 「静かにしたくてもお前の攻撃が……あああああ、します、いつまでも静かにしていますからっ!!」 ようやく解放された。な、なんだったんだ今の痛みは。かつて味わったことのない種類の痛みだった……。 どこであんな技術を身につけてくるんだろうなぁなどと思いながら、貴俊を引き摺って歩く美羽とその後ろをついていく美優を見送った。 ……俺の周りの男は女に引き摺られる運命にあるんだろうか。となると次は……俺? 「? どうしたヒロト殿、何か怯えているように見えるが」 「ああいや、なんでもない」 いや、大丈夫だよな、うん。レンは理由もなく俺のことを引きずりまわしたりなんか……理由、理由、ねぇ。 今日という日を考えるとその理由に心当たりができるんだんが。 「えーっと、久しぶり、だな。文化祭が終わってからだから二ヶ月ぶりくらい?」 「およそそのくらいかな。お元気そうで、何よりです」 レンの恭しい礼に背中がむずかゆくなる。 「なあレン、その敬語やめない?」 「従者が主に礼払うのは当然のことですが」 「だったらその意地悪な目をやめてくれ」 「了解した」 ふっとレンは笑顔を浮かべると、いつもの態度に戻ってくれた。 「この二ヶ月はどうだった? 顔つきは多少変わっているようだが」 「人数が一人減るだけで負担が全然違うってのがよくわかったよ。ま、面白かったは面白かったけどさ」 文化祭の前までの旅はいつもレンと一緒だった。エーデルに基本的な知識は叩き込まれたがさすがに貴族が旅にまでついてくるわけがないし、俺もそれを頼むつもりはなかった。そんな俺の面倒を見てくれていたのがレンだ。 正直最初は一人で旅をするつもりだったのだが、いやはや、考えが甘かった。 そんなこんなで旅をして、二ヶ月前にようやく一人でも大丈夫だろうと太鼓判を貰ったわけだ。 「それで、無用な責任感も少しは和らいだか?」 「相変わらずストレートな物言いだな……まあ、自分なりに解消はできたと思うよ」 「ふむ。ま、この世界で事の顛末を正確に把握しているのは我々しかいないのだから、あまり気負う必要はないと思うが」 なぜレンやエーデルが俺とユリアの事情に詳しいかと言えば、実況生中継されていたのだと言う。エラーズによって。どうも感知の魔法全開で覗き見していたようだ。 「誰かが知っているから償うんじゃない、俺が納得するために償うんだ」 「わかっているさ。そういうあなただからこそ協力した」 そう言って、レンは紋章を取り出した。ん、どこかで見たやつだな。えっと、これは…… 「騎士団の紋章?」 「それがあれば騎士団寮に自由に出入りできる。団長がぜひとも一度全力で手合わせしたいそうだ」 人というか熊にしか見えない騎士団長の姿を思い出す。うん、全力で拒否願いたい。 「けど俺は……」 「姫様のことは関係なくあなたという人間に対しての要望だ、気にすることはない」 そこまで言われると、断り辛いものがある。 けどなあ、あの騎士団だろ? 一日訓練に参加させられただけで三日間まともに動けなくなった、あの地獄の。体力よりも、精神的にきつかった。詳しく思い出すと胃の中のものが口からナイアガラリバースするので思い出さないでおくが。 ていうかさ、もう体力的精神的に限界の人間を魔法で操って意地でも動かすって悪魔のすることだよね? 「まあなんていうか、過ぎてみれば全部思い出になるのが怖いな」 「出来事とは得てしてそういうものだ。辛い苦しいと思ってみても、過ぎてみればそれでも良かったと思い返せる。もっとも、世の中には都合のいいことしか思い返そうともしない人間もいたりするが」 「ええほんとにねぇもう!」 ちくちくと人の弱点をピンポイントで! そういうことすると泣いちゃうぞ!? 「……っと、それよりも今日は俺に会いに来たのか?」 「ああ、今日が最後、なのだろう」 「そうだな、今日で最後だ」 息と共に感慨を吐き出す。虚空に溶けた気持ちは、果てない空へ上っていく。限りなく薄く透明に広がりながら、それでも、消える事無く。 「長かったようで、短かったな、やっぱり」 「ヒロト殿……」 レンの視線を避けるように空を見上げ、歩き出す。学園までは、もう少し歩く必要があった。 巡った世界の数は両手の指の数を超えた。その中にはユリアの世界も入っている。 というよりも、この旅の目的の大きな目的のひとつだったのだから当然だ。 ユリアの父――つまりは一国の王様なわけだが、その人にユリアの最期を俺の口から伝えたかった。俺の見た、感じた全てを知って欲しかった。それがようやく叶ったのは、およそ半年前。ファイバーの故郷を訪れた直後だったか。 彼は静かに俺の話を聞いてくれた。すでに詳しい報告は受け取っていたはずだが、それでも俺の言葉の一つ一つ、単語の欠片に至るまでの全てを受け取ってくれた。 彼は俺の肩に手を置いて肯いた。深い光を宿した瞳が、優しく俺を見ていた。それだけで俺は、何か許されたような気持ちになったんだ。 そして彼はこんなことを言った。 『ところでレン、君は国ではなくユリアに仕えていたな』 『は、恐れながら』 『それは構わない。ところでユリアに子供ができたなら、その娘にも仕えるつもりだった』 『相違ございません』 唐突に目の前で始まったやり取り。なんだろうと軽い気持ちで見ていた。 『そうなると、その娘の父親……つまりはユリアの旦那に仕えることになるわけだ』 『……ええ、そうなりますね』 げっ。 その時点でどういう話になりつつあるのかを察した。察したが、まさか王様の前から全速力で逃げ出すなんて真似もできるわけがない。レンの悪巧みをする越後屋みたいな顔が恨めしかった。 『さて、君という剣は今仕えるべき主をなくしているわけだが……ちょうどいいことに、そこにいずれ仕えることになったであろう青年がだね』 いやっほう好きな人の父親に認められたぜい! なんて単純に喜べるかぁっ!! 『というわけで、レンのことは任せたよ』 『そういうわけでよろしく頼むぞ、ヒロト殿』 何がそういうわけなのかさっぱりわからないうちに結論が出ていた。 そういうわけで、なぜかレンと俺が何故か主従関係になった。ユリアの頑固なところは父親譲りかもしれない。 「そういえば……あれから、エラーズたちには会ったのか?」 首を横に振る。エラーズたちとはあれきり……ファイバーの故郷で再会してからというもの会っていない。まあ、向こうもこちらも世界をあちこちに飛んでいるのだから出会うほうが奇跡的な確率といえる。 「彼女はともかく、エラーズとポーキァは色んな世界の連中から目を付けられてるだろうしな」 「そうだな。まあ、彼女と出会えただけでもよかったか」 肯く。 ファイバーの故郷が何処なのかが判明したのが半年前。その話を聞いた俺たちはすぐさまそこへと向かった。 たどり着いた土地は酷い有様だった。その地域に詳しい老人に話を聞いたところ、三十年近く雨が降り続いていると言った。 三十年。それだけの間雨が降り続けば、そこはもう生き物の住める世界ではなくなる。一面が沼地となり、所々に見える腐れた組木が、かろうじてそこがかつて村であったことを主張していた。 その沼の真ん中に、真新しい木で組まれた十字架が突き立っていた。 レンを残し、一人でその光景を見ていた俺の背中に声をかけてきたのが、エラーズだった。 ――おや、珍しい。こんなところに人がいるかと思えば、まさか君だとは エラーズの話によれば、それはつい最近までファイバーの姉が磔にされていたものだという。三十年、ただひたすらに大地が、木々が腐り続け、命の気配が消えていく様を見せ付けられる。 俺は何も言わず……何も言えず、ただその光景をずっと見ていた。日が落ち、月が昇り、星が輝いても、ずっとそれを見ていた。 それを何十年も一人で見ていたのだという。 「しかしまあ、あなたの魔法で束縛を切ることができたとはな」 「と言っても礎の破片のおかげだけどな。元の俺の力じゃあ、あんなもん貫くことはできなかった」 礎の力によってその力の威力ばかりか効果の適用範囲までも広がった『貫抜』は、世界とファイバーの姉の繋がりを貫いた。 「それで、その人とはどんな話を?」 「挨拶をしただけだよ。向こうは三十年の束縛が解けたばかりだったし、俺も正直、何を言ったらいいのかわからなかったしな」 ただ、一言だけ。搾り出すように紡がれた言葉は、今でも耳の奥にこびり付いている。 「そうか……あなたが納得する為の旅だ、私は何も言わないさ。さて、そろそろ学校だな」 「ん、レンは学校まで行かないのか?」 レンの足が唐突に止まった。並んでいた肩が、一歩分だけ前に出た。 「あなたの戦いに水を差すつもりはない」 レンは一歩身を引き、剣を垂直に掲げた。 「私はあなたの剣だ、これは私が私自身に誓ったことだ。たとえあなたが姫様の事を忘れても、その事に変わりはない」 レンはまっすぐに俺を見ていた。 信頼と、優しさを込めて。 「あなたの生き方を誇るといい。ユリア様が守りあなたが手に入れた今日は、いつも変わらずここにある」 「――――――」 ああ、本当。俺はいつも、周りの人たちに助けられている。 この人たちと、今日という日をこの世界の上で歩けることを、本当に嬉しく思う。 そこに、君がいないことだけが悲しい。 ぎょっとした。心臓が止まるかと思った。 校内を歩いていたら沙良先生の背中が見えて、その向こうには変なお面をつけた男と、制服姿の女子の姿があった。 逃げよう。 その場で反転し、全速力で―― 「やあ、君ですか。まさか今日会えるとは思っていませんでしたよ」 「早っ、回り込むの滅茶苦茶早っ!?」 逃げ出そうとしたらいつの間にか回り込まれてた。ああそうか、こいつ変な体術使うんだっけ。迂闊だった! 「なんでお前がここにいるんだよ、ていうか、あの制服の女の子ってまさか……!?」 「そのまさかですよ」 うわー、やっぱりだよもう。 「つかてめえは何でこんなところにいるんだよ。いくら事情を知っている人間が少ないからって、お前らに襲われたコミューンの人たちがお前を見たらただじゃすまねえぞ」 どちらがただではすまないのかはさておき。 ていうか、俺だって正直複雑だ。そもそも俺とこいつの関係はいまいち微妙なんだよな……。俺がエラーズに対して嫌悪感にも似た感情を持っているのは陽菜やユリアを攫ったからというのが大きい。が、その仕返しとばかりにこいつらの長年の計画をぶっ壊してやったから、結構腹の虫は収まっていたりするのだ、個人的には。 俺としてはこの男相手に一戦やる意志は薄い。殴っていいなら殴るけど。全力で殴るけど。赤い狐になるまで。 「大丈夫ですよ、これでも私も色々と修行をしているんですから」 「修行ねえ……」 そもそもお前の心配なんかしてないけどな。 「この世界の漫画というもので学んだんですよ、行きますよ。フタエノキワ――」 「アーーーーーーッ!!!!」 なんかヤバい表現が出てきそうな雰囲気だったので全力で止める、体張って止める。 「危ないですね、いきなり魔法を使うなんて」 「貴様の発言もいろんな意味で危ないんだよ、自重しろ!」 世の中には! 触れちゃいけない領域ってもんがあるんです!! 「あんたら、仲ええなぁ……」 「いえいえそんな、隙があれば八つ裂きにして氷海に鎮めてしまいたい気分ですよ」 「爽やかに毒吐いてんじゃねえよ、穴開けるぞ」 あ、やっぱこいつ嫌いだ。エーデルは性格の不一致だが、こいつは明らかに俺に対して敵意、というには拙いか、とにかく隔意を持ってる。 「で、何してんだ、変態仮面」 「彼女を見ればわかるでしょう、転入……というよりは入学ですね、その手続きですよ、穴掘り小僧」 ほう……いい度胸じゃねえかこのヤロウ。そういえばエラーズには一度背後から不意打ち食らってたな。その借りを今ここで返すのもいいかもな。 「こーら」 「だっ!」 「む」 危険な考えが浮かんだとき、頭の上に柔らかく、しかしそれなりの重量のある物がのしかかってきた。 「なんだ……ん、柔らかくふわふわしたこの手触りは……まさか大福か!?」 「ましゅまろや!!」 ごはっ!? ぜ、全力で蹴りいれられた……。 「久しぶりに顔を見せたと思えば、しょーもない事でいざこざおこしおってからに。誰のおかげで即日休学なんて無茶ができた思うとるんや」 「いやー面目ないです」 俺が休学届けを出したのは、二学期が始まって二週間が経った頃だった。 『っつーことで、よろしくお願いします』 『……世界を見て回りたい、なぁ。世界を股にかけた災害復興でもするつもりか? ま、うちは構わんけどあんたはそれでええんか? 乃愛もおらんし妹達二人っきりになるで?』 『あいつらだってもう子供じゃないんだし、俺なんかがいなくてもしっかりやれますよ。むしろ俺がいないほうがしっかりできそうで怖いし』 ちなみに俺がいないと食事は壊滅的な事になっていたけどそれ以外はきっちりやっていた。どうやら俺が今まで全部やっていたのが悪かったらしいと反省して、今では家事はそれなりに分担している。 食事も。おかげで毎日がスリリングだちくしょう。 『ふーん、あんた、ちょっと変わったなぁ』 『そすか?』 『なんていうんやろ、余裕ができたな、いい具合に。ちゃんと周りが見えとる、見えたままに周りを受け入れとる、そういう風に見えるわ』 言葉に詰まった。そんなに俺は変わったんだろうか。 変われたんだろうか。 『にしても、話が急にも程があるやろ。いくら学園がその辺が大らか――言うよりは手抜きやからて、すぐになんて無茶もええとこよ?』 『すみません』 『ま、ええわ。タヌキに頭下げるんもしゃくやしちょいと裏技でも使うしかないやろな』 休学届けを出すのに三十分もかからなかった。たいした悶着もなく俺は一年間の猶予を得たわけだ。 無論、それだけの苦労を買って出てくれた人が居たからこそだと言うことはちゃんと理解しているつもりだ。 「ったく、アンタ等だけで会話しとるからあの娘がおいてかれとるやろ」 そういって沙良先生が示したのは、エラーズと一緒に立っていた制服を着た女子だった。パリッとのりの利いた一年生の制服に身を包み、世界に対して戸惑うように視線を漂わせている。 少女と目が合った。俺は思わず気まずさから視線をそらした。こんなところにいるなんて思いもしない人物。 レイネ。ファイバーの、姉。 「……ま、いきなり仲良くなんかできんか。それはおいおい、てことで」 沙良先生はレイネの手を引く。彼女が背を向けたことにほっとしている自分を知り、嫌悪感を覚え、これじゃだめだと思った。 ……ちゃんと、向き合おう。お互い、痛みから目をそらすだけじゃ何も変われない。 「あの!」 「――っ」 う、焦ってつい大きな声を。 レイネが怯えを含んだ視線を、それでもそらす事無く向けてきた。 ……あ。何を言うのか考えてなかった。 「あー、えー」 ど、どうしよう。 困っていると、レイネの横に立つエラーズがなにやら仮面を外して……って、嘲笑ってるのを見せ付けるためだけかよ! すぐに仮面元に戻しやがった! く、沙良先生もニヤニヤ見てるし! とにかく、ここは俺一人の力で乗り切らないと。大丈夫、俺はできる子だ……たぶん! 「その、何でこの世界に?」 出てきたのはただの質問だった。けど確かに疑問だった。なぜわざわざ、この世界に? 世界の穴がほとんど閉じている今、世界を渡るのも相当の苦労が必要なはずなのだが。 「……弟」 「は? ファイバー?」 「弟の不始末は姉の不始末よ。あいつがこの世界でやらかした事、とても償えるものじゃないけど償わないわけにはいかないから」 「君が弟の代わりに、この世界でその罪を償う、と?」 レイネはこくんと小さく首を立てに動かした。本当に小さな動き。それでも、その意志の強さは伝わった。 エラーズは仮面で表情を隠している。沙良先生は壁に寄りかかって目を閉じていた。 「あの子は私のためにあんなことまでしてくれたから。今度は私が、あの子のために何かをしてあげようと思う」 「償いが、ファイバーのためになるのか?」 「私の知るあの子はそういう子だったわ」 「あいつが、か。まあそうかもな、そういう人間だからこそ、思い詰めちまったのか」 ファイバーの純粋すぎた想いがやがて全てを犠牲にすることへ走り出したことは確かに許されないことだったろう。そこにノアの運が絡んでいたとしても。でもその想いそのものは、誰かを想う気持ちだけは、きっと尊いものだと想う。 「ファイバー、か。メルヘンオヤジなんていって悪かったかな」 「言ったの、そんな事?」 全力で言ったな、しかも勢いのままに無意識に。 ……というかファイバーの姉なんだよな、レイネ。つー事は何か、年齢的には沙良先生よりも上になるのだろうか……ロリ年増決定戦? びゅごうっ!! 首筋を鋭い何かが撫でていく感覚。驚きに振り返ってみると、沙良先生が据わった目でこちらを見ていた。うん、女性の年齢をネタにするのはよくないよね!! 「あなたは……少し、変わった」 「え?」 「雰囲気が。そう思っただけ」 それ以上説明する気はないのか、口をつぐんでしまった。 ……会話が途切れてしまった。 「じ、じゃあ俺はもう行くよ。先生、それじゃあ」 「ん。ああそや、明日は朝は早めにな、あんたはあんたで色々準備があるから」 沙良先生の言葉を聞きながら、レイネとエラーズの間を通り抜ける。 「――――――――」 小さく呟かれた言葉に立ち止まりそうになったけど、そのまま俺は階段を上った。 初めて会った時に呟かれた言葉。それに連なる、その言葉を、俺は深く胸に刻んだ。 『私はあなたを、許せないかもしれない。理不尽だけれど、弟を止めてもらって、感謝できないかもしれない』 それでも。 『生きていてくれて、ありがとう』 生きていれば。生きてさえいれば。 変わっていくことができるから。 屋上への扉を開け放つ。夏の湿った風が室内の凪いだ空気を押し分ける。押し寄せる熱気に顔をしかめながら、広がる青空へ飛び込んだ。 「あっつ……」 わかっていた事でも声に出さずにはいられない。 誰もいない屋上。遮るもののない世界に光は降り注ぐ。時刻は正午に近い。物影なんかあるわけなかった。 ため息をついて、フェンスに腰掛ける。静かな世界に、金属のきしむ音が小さく響いた。 「…………、はぁ」 空。青い空。この町で一番広い、空。まぶしくて、手をかざす。指の隙間から漏れる輝きが、目を焼いた。 「世界、か」 変わらない世界。そう、世界は何一つ変わっていない。 一人の少女が失われた現実は、事実としてここには存在していないのだ。 俺の大切な人たちが失われて、その傷は癒えることなく、それでもゆっくりと痛みは和らいで。 「なぁーに黄昏てやがんだ?」 「うううおあぁぁっ!?」 唐突に視界に割り込んだ黒い影に思わず大声を上げてしまった。 「貴俊っ!」 「いよう、何してんだ?」 「それはこっちのせりふだ! お前通学路の見回りじゃなかったのか!?」 「あ・き・た!!!!」 ……だめだこいつ、早く何とかしないと。あ、もう手遅れか。 「っつーか何でお前が生徒会長になれたんだ……」 そう。驚愕すべきことに、何故かこの男、生徒会長に立候補して当選していた。まあ対立候補がいなかったらしいのだが。 ちなみにそういう場合は信任投票が行われるわけだが、賛成票と反対票がほぼ一対一だったらしい。半分の人間が冷静な判断をしたととるべきなのか半分の人間が無謀な賭けに出たと取るべきなのか、非常に判断に困る。 ていうか今すぐでもいい、やめさせろ。 「ひっでぇなー、これでも一応ちゃんと仕事してるんだぜ?」 「美羽に引っ張り出されなけりゃまともに会議にも出席しないと非常に好評だが」 「てへっ☆ ごはっ!?」 鳥肌が立ったので思わず殴ってしまった。 「酷ぇなぁ。っと」 どかりと勢い良く腰をおろす貴俊。痛くないのか、そんな勢いで座って。 「で、見回りのほうは実際問題ないのか?」 「大丈夫だろ。何かあってもあの二人なら大抵の問題は解決できちまうし」 だからってお前が行かなくていい理由にはならないと思う。 「それにお前に会うのも久しぶりだしな。いや返ってきた時には会ったけどそれきりだしな」 「そうだな、こうしてゆっくり話すのは久々だ。ま、それまでもちょくちょく帰ってきてはいたけど」 それでも貴俊と会う機会は本当に少なかった。別に望んで会いたいと思うようなやつでもないし、貴俊もそれは一緒だろう。だからこうしてじっくり話す機会を設けるのは、それこそ一年ぶりということになる。 一年ぶり。 ああそういえば、一年前家に帰った俺は真っ先にこいつを殴りつけた。 何しろ安全なところにつれてけと言ったのに家には美羽や美優、陽菜たち一家どころかクラスメイトをはじめ俺の知る限りの知人友人が集まって大宴会を開いていたのだ。 混乱する俺は貴俊を探して引きずり出して河川敷へ向かった。 『お前、なんだあれ!?』 『ああん? そりゃお前みりゃわかんだろ、宴会だよ宴会』 『そういう事言ってるんじゃねえよ! 何でこの状況で宴会なんだよ意味わかんねぇぞ!?』 『ナニにイラついてんだよお前、意味わかんねぇぞ? お前が言ったんじゃねえか、安全なところに匿えって』 それが何で宴会に繋がってるのかと聞いてるのだが。 『この世界であの二人や沢井にとってお前の傍以上に安全な場所があるかよ。核シェルターの中にいたってテメェがいなけりゃあのこらにゃ意味ねーだろうがアホか』 『そういうのを屁理屈って言うんだよこのケダモノが!』 『あっはっははははっ! ほんとにどうしたんだよテメェそんなに感情むき出しにして。性格変わってんぞそういう事されると手ぇ出したくなるじゃんか』 それから先は余り覚えていない。 ただ探しに来た美羽たちによって喧嘩が強制的に中断されたことだけは覚えている。何しろ全身の力という力を根こそぎ奪っていきやがった。 「ところでお前、何か考えてるみたいだったけどどうしたんだ? 例の俺達の知らない彼女のことか」 「ああ。それに関係すること、かな」 貴俊には、ユリアのことを少しだけ話してある。別に信じてもらえなくても全然構わなかったんだが、何故かあっさり信じた。逆にこちらが戸惑うくらいだった。 理由を聞けば酷く簡単な答えで、 「目ぇみてりゃわかるんだよ、そういうのは。お前に好きなやつができたことぐれーな」 にしても、だ。 「何度目になるかもわからん問いかけだが、そんなにわかりやすいのか俺は」 「あー? はは、まさか、このことに気付いてんのは俺と沢井ぐらいだろうぜ。美羽ちゃん美優ちゃんは気付いてねーだろ、家族だしな」 「……家族だと気付けないのか?」 「視点が違うんだよ。お前の根本の生き方自体はアプローチが変化しただけで変わっちゃいねーんだ。内側から見てりゃ判断し辛いだろうよ。それに、同じ愛でも家族愛じゃあ見えてこねぇもんもある」 愛って……。 「愛、ねぇ……」 「おー? なんだよ、元気ないのはそれが原因か? なんだ、情熱思想理念気品頭脳優雅さ勤勉さに加えて愛まで足りてないのか?」 「どんだけ足りてねぇ人間だよ俺!?」 ていうかそれだけ足りないものがあったらもう人としてどうかと。本能くらいしか残ってないだろ、それじゃあ。 「んで、愛の何について悩んでたんだ? このラヴマニアの俺に話してみろよ」 「お前が愛を語れるなんざ初めて知ったぞ」 「『知らねーならとりあえず騙ってみろ』って言ったのはお前じゃん。そら、語ってやるから言ってみろ」 とか言いながら顔が好奇心まみれなんだが。 まあいいか。俺はため息をひとつつくと、空を見上げた。 「俺はちゃんと、ユリアを好きでいられてるのか、少しわかんなくてな」 「ほうほう」 ……相槌の打ち方もなんかムカつく。 「ユリアと最期に約束したのは、話したよな」 「ああ、あのエグイ約束な」 「人の約束エグイゆーな」 そりゃ、精神的にかなりきついものがあったが。 何が辛かったかといえば、一年間ひたすらユリアのことを思い続けることではなく、今日という日を迎えること。今日という日に怯え続けること。それが何よりも、辛かった。 「この一年間、一日たりとも無駄にしないために必死だった。ユリアの記憶を抱えた俺が、その想いと一緒に居られる時間が、何よりも大切だった。けど……一日が終わり、眠りにつくのが怖かった。一日が終わっていくのが恐ろしかった。この思い出の全部を失う日が確実に近づいているのが憎かった」 一日が四十八時間あればいいとか、一年が七百三十日あればいいとか、そんなくだらない事を真剣に考えたこともある。でもそうなったところで結局、俺は次はこう思うだろう。 一日が九十六時間あればいい。一年が千四百六十日あればいい。 今日がずっと終わらなければいい。一年が、永遠に続けばいい。 けれど世界は変わらない。昨日も今日も変わらずに朝日が昇り夕日は沈み、月は闇夜を薄く照らし星は夜空を彩りやがて朝日が昇り明日が来る。そして、そんな世界こそを、ユリアは守り、願い、祈った。その世界のありのままの中で俺が生きることを、望み、夢み、叶えた。 でも。 「そうして俺は、ユリアに執着してるだけなんじゃないか、未練があるだけなんじゃないかって。好きだった記憶にすがり付いて、好きだと自分に言い聞かせて、どうにかこの罪悪感から逃れようとしてるだけなんじゃないのかって」 日の光が網膜を焼く。瞼を閉じれば、白い闇が広がる。 足の裏から這い上がる恐怖。肺を締め付けるような苦痛。今日までずっと抱えてきたもの。 「俺は、ちゃんと、あの人を愛してるのかな」 わからない。どれだけ考えても答えは出ない。 信じるに足る根拠のない気持ち。真偽の確かめようのない想い。 俺は―― 「お前……バカ? いやバカなのはわかってたけどそこまでバカだったとは……」 「おいこら、人がせっかくまじめに……」 「まじめに悩むようなことじゃねーだろうが、そんなの。執着? 未練? おいおいバカ言ってんじゃねーよ、お前の愛が何でできていようがそれが愛であることに変わりはねーだろうが」 貴俊は勢い良く立ち上がると両手を広げ、空を抱えるように体を仰け反らせる。 「時間は人を変える。人が変われば想いも変わる。想いが変われば愛だって変わる。けどな、どれだけ変わってもお前がお前であるようにお前の抱えた愛はお前の愛だろうが。お前が誰かを想う事に変わりはねーよ。それに、お前にその人をどう想ってるかなんて、俺からしてみりゃ丸わかりだぞ。いかにも好きな人がいますって幸せそ~な顔しやがって」 「あだっ、いだっ! 蹴るな、蹴るなっつーの!」 ていうかそんな顔してたのか俺。いや、それ以前に。 「俺この一年でお前と何回会ったよ」 「五回だな。ちなみに合計時間は十六時間二十八分だ」 「何でそんな細かく覚えてるんだよ!?」 「愛の力だぁーっ!!」 お前の愛は何製だ。というかたった五回でわかるくらいにふ抜けた顔してたのか、俺は。 「まああれだ。頭痛薬だって半分は優しさでできてるわけだし」 「話のつながりが読めないぞ」 「何でできててもいいだろって事。愛なんざ口で説明できるもんじゃねーんだよ。それなら思い込んだもんがちだ」 「そいつはまた随分と強引な解釈だな。そういう考え方が暴走してストーカーになったりするんじゃないのか?」 「度を越したらそうなるんだろうよ。ま、俺は年中限界突破、いつだってクライマックスだがな!」 肉片残さず掃除したほうがよさそうな人が目の前に居ます。 普段ならどうにかしてやろうと思うところだが、いい話……都合のいい話を聞かせてもらったのでよしとしよう。 「まあつまり、あれだな。俺はユリアが好きだと、そういうことか」 「それでいいだろうがよ。ったく、変なところで自信がないのは相変わらずだな」 ほっとけ。 「んじゃ、俺はそろそろ行くぜ。いつまでもお前の邪魔するわけにもいかねーしな」 「ああ。……それにしても、まさかお前から愛について聞く日が来るなんて思ってもみなかったよ」 「俺もまさか自分が誰かに愛を語る日が来るなんて、思いもしなかったぜ」 貴俊は踵を返す。 俺はその背中を見ながら、ふと、今まで聞こうとも思わなかったことを聞いてみたくなった。 「なあ、貴俊」 「あん?」 貴俊は肩越しに振り返り、 「お前、俺のことどう思ってるよ」 目を細めて、肩をすくめて前を向いて歩き出した。 「ブッ殺してぇ。超愛してる」 金属製の扉の閉まるやかましい音に重なった癖に、その言葉はしっかりと届いた。 ……不幸にも。 「しかしまあなんだ、世界にはいろんな考えのやつがいるよなぁ」 人を理解したり、誤解したり、嫌悪したり、好きになったり。 幾千幾万の人の想いが繋がり、重なり、反射して、拡散して、集まって、世界を覆う。人の想いのかたちは無限。人の想いの重なりも無限。烈火のごとく燃え盛るもの、雲のように不定形に漂うもの、水のようによどみなく流れるもの、氷のように冷たく凍りついたもの。全てが層を成して降り積もり、重なり、ひとつになる。 世界は、たぶんそうしてできている。人の想いが、記憶が、感情が、世界を形作る。世界の、礎になる。俺達は、その上で、その下で、その中で、生きている。 だから自分の気持ちを封じてしまえばその中に加わることはできなくなる。 一年前の、あの日。 俺に泣くことを許してくれた、悲しむことを望んでくれた人が居て、俺はようやく世界を見ることができた。世界に、居ることができた。 風が、秋の到来を予感させる風が、服を静かに撫でてゆく。弱い風、それでも、確かな風。 見上げた空には雲。透き通る、抜けるような青に散らばる、形を持たない白い塊。 俺はここに居て、ここに生きている。生きていたいと、そう思う。そう思わせてくれた人を、愛おしく思う。 だらりと力の抜けた体。滲む汗はシャツを濡らし、寄りかかったフェンスは小さく軋み、ずるりと、仰向けに寝転がる。 空だけが、そこにある。 背中には、屋上の床。その数メートル下には、大地。大地と空。 無限に広がる、二つの舞台に挟まれて、今日を生き、過去を抱きしめ、明日を目指す。 右腕を動かす。拳が静かに、耳の横へと押し付けられる。 わずかな風が、草木を揺らす音。 巻き起こった砂埃は、小さな粒子となって光の海を踊る。 「ああ……」 ありふれた世界。生きる毎日。変わらない日常。ひとつとして同じ日のない日々。 大切なものがあって、失ったものがあって、その全てが、今に繋がっていて。 たぶん、きっと、こんなものが。奇跡だった。 無限の想いが、愛しさが、切なさが、悲しさが、際限もなく込み上げて。 何となく、理由なんかなく、左手を、空へ伸ばす。空を、掴む。届かない空は、けれど、それだけで掴むことができる。 「ああ…………」 意味のない呟きがもれる。そこにこもったのは無数の思い。 言葉にすることのかなわない、今ここにある確かな気持ち。 限りない人の想いと奇跡とが折り重なる世界をあらわすには、俺には言葉が足りなすぎた。 「悔しいなぁ」 なんで、隣に君がいないんだろう。 なんで、君が笑っていてくれないんだろう。 それだけで、この世界は輝きを増すのに。潤いが満ちるのに。 「悲しいなぁ」 約束がある。 忘れたくない。 誓った。ここで誓った。 忘れたくない。 この日のために、一年間頑張った。 忘れたく、ない。 君の願いを、叶えに来た。 忘れるために、この一年間を必死に生きてきた。この大切な思いを抱えた日々を、輝かしいものにするために。 「忘れたくないなぁ」 意地。 好きな女の子の願い事を聞いてあげたい、ただそれだけの、ちっぽけな男の意地。 忘れたくないのが本当の気持ちだ。けど今の俺の存在はこの世界にとっては狂った歯車なのだ。ありえない存在を心にとどめ続ける矛盾した存在。そんなものをいつまでも抱えておけるほど、世界は優しくも単純でもない。 この大切な思いを忘れずにいれば、他の大切なものが更なる危険に晒されるかもしれない。再度の崩壊と言う形で。それは誰も望まない結末だ。 「伝えたかったなぁ」 言いたい言葉が、伝えたい気持ちがある。世界中に響き渡るくらいに叫びたい感情がある。 一年じゃ足りない。十年でも短い。百年ごときじゃ満ち足りない。 一生かかっても伝えきれない気持ちが、ここにある。この胸にある。 「無くさないよ」 たとえ忘れても。この想いを忘れて、君との記憶を忘れて、この感情さえも忘れても。 きっと無くさない。君を好きになって手に入れた、この気持ちは忘れない。 この世界がある限り。この世界にいる限り。 愛は姿を変えて、俺の中に在り続ける。 だから、今は。 「さよなら、ユリア」 俺はきっと。 目を覚ました俺はきっと。 涙を、流す。 純粋な、力。貫く、ただそれだけの魔法。 ただ君の記憶だけを、その記憶だけを貫く。 君との全てを、まっすぐに。 まっさらに。 「さようなら、一番、大切な人」 拳に、力を込めて。 その、一撃を―― とんっ。 力が、抜け。 空一面が飛び込んで。 意識が。